そして、

いざハンコをもらえば、雪崩のように仕事が襲ってくる。


去年のクリスマス。

私は泣きながら会社を出た。




い、行けなかった……

いっ、いっ、行けなかった……!



ドーム公演!!



ヤ、ヤ、ヤハタくーん……

会いっあああ、い、会いたかったよーっ……


こんなんだったら、昨日ツアーグッツ買いに行くんだった……

ネイルとか行ってる場合じゃなかった……



あの人懐っこい笑顔にキュンキュンしたかった。

ギター弾いてるときの真剣な横顔を見つめたかった。

のんびりしたトークに癒されたかった。



泣いて泣いて、涙が止まらなくて、植え込みの影で鼻水をぬぐっていると、後ろから声が聞こえた。



「なんだ、泣いてんのか?」



もう、声で分かる。

よりによって、この人デスカ……



笹原さんの方を見ないようにして、

「お疲れさまです」

と、走り去ろうとした。


「待て!」

の声で、体がカタマった。



こ、こわい、こわい。

近づいてくる。



「危ないだろ」

と、腕を引っ張った。


「そんなヒールで、下向いて走ったら事故るぞ」


………


…………



そこ?


目を合わせないまま、つかまれた腕をブンブン振って払おうとした。

だけど、払えない。

なんて理不尽な世の中なんだ。



「私は、」


ブンブンッ


「な、なま、怠けたいわけじゃない!」


ブンブンブンッ


「なのに、何でなんですかぁぁぁぁ!」


ブンブンブンブンッ!


ようやく振り切って、見えない明日に向かって走り出した。



今思えば、なんてことをしてしまったんだ。



クリスマスに、

勝負服着て、

大号泣。




結果、どうなったか。



「特許の清水さん、笹原主任にフラれたらしいよ…?」

「えっマジで?うっそっ!うっふっふっふ~」


階段の下から漏れ聞こえてきた会話に、腰が抜けた。




恥ずかしい。

消えてなくなりたい。


笹原さんのいない世界に行きたい……!