狭すぎる玄関を入って、これまた狭い脱衣所に洗濯カゴを出した。

笹原さんを見ないようにして、口早に言った。


「こっちには洗濯もの、こっちにはポケットの中の物を出して下さい。そのままお風呂に入ってください。お湯も沸けてます。その間に、軽く洗って乾燥機にかけますから、なるべくゆっくり」

「いやぁ。いいのかな……」


図々しくなきゃやっていられないはずの営業さんも、さすがに恐縮している。

今さら仕方がない。

自分に言い聞かせるように答えた。

「イイもワルいもないです。やるっきゃないです」


感心したような声がした。

「ヤルッキャナイ……やるっきゃないかぁ」



さっさと脱衣所から出た。


背後から、

「シツレイします!」

体育会系らしい挨拶で、風呂場の扉が閉まる音がした。


せまいんだよねぇ、うちの風呂場。
あの大きさで、大変だろうな。


そんな場合じゃない!
さっさと洗って、乾燥機にかけないと。


再び洗濯機のある脱衣所に足を踏み入れる。

お風呂場から聴こえてくる軽快なシャワーの音に気を取られそうになりながら、下着やシャツや靴下を洗濯機に入れ「おいそぎモード」をセットする。


背広はハンガーに掛けて乾かそう。
しかしナニ、この大きさ!見てチョット!
普通の人の三着分、布使ってるよ。

ガス乾燥機があって良かったー


そう思った瞬間、ガクッときた。


って、なにが良かったの。

お人好しにもほどがあるよ……


後輩のクルミちゃんが聞いたら、うらやましがるのかな。

あとは、同じ部署の志麻さん?

しょっちゅう顔を出す経理のあのヒトも、ぜったい笹原さんのこと好きだよね。


笹原さんて、モテるんだよね。
よくみんな怖くないなぁ。
ワタシなんて、あの声聞くだけで、自分が怒られてるわけじゃないのに身がちぢむよ。


この状況を深く考えないように、部屋を超高速で片付けた。

アイタッ!なんか踏んだ!

もうっお母さん!
温泉に行くたびに、美容グッツを買ってくるのはヤメテ!


そうこうしているうちに、洗濯機が私を呼んだ。

洗濯槽に手を突っ込み、パンツを開いた。



で、でっかい!

鯉のぼりみたい。



「は、は、は、は、は……」


何なんだ、この状況。



すぐに乾燥機に入れ込む。

居間のテレビからは、都内各所の絶望的な交通マヒを伝え続けている。
ああ、意味もなく駅員さんが怒られていませんように!


そんなことよりさ……泊めることになるんじゃない?



デスヨネ。



押入れから、圧縮しておいた布団を出してシーツを引く。


「ここまでしますか……?」

自分の口から呆れ返った声が漏れる。


するよ。

乗り掛かった船だ、てやんでい。

ついでに、その場も少し片付けて一階へ降りた。



乾燥機から、下着を出す。

よし、乾いてる。


「ドアの前に置いておきますからー」

「ありがとう!」


でっかい声。



ああ、どうしよう。
急に現実味が湧いてきた。


逃げるように、茶の間へ向かった。
取り合えず、ビールでも出すか。


「あー生き返った!」


でっかい図体。



「こんなカッコでゴメンね!」

「いえいえ」

「よく平気だね」

「土地柄、ええ、ダイジョウブです」


この辺のオッサン、オバサン、ほぼ下着でうろついてるからね。

ネエチャン、ニイチャンは、ほぼパジャマだしね。


「どうぞ、そちらに座って下さい」


うちは座敷でご飯を食べる。
テーブルは、冬にコタツにもなるちゃぶ台だ。


「お父さんの席に座るのは悪いな」

「その座椅子が一番大きいので……」


そこに座ってもらわないと、お互いテレビが見えない。

笹原さんもそれに気がついたのか、申し訳なさそうに腰を降ろした。

座椅子が「だだだ誰っすか!?何なんすか!?」というように軋んだけれど、笹原さんはようやく落ち着いたというように、ため息を漏らした。


「あ、そちら、どうぞ」

ビールを勧める。


「実は入ったときから、目に入ってたんだよね」

「ど、どうぞ、ハイ……」

「嬉しいなぁ。ありがとう!」


喉仏が上下しているのが、目を向けないでいても見えた。


「あ~ウマイ!天国!」


ヨカッタ。そりゃヨカッタ。



お互いに買ってきた、コンビニ弁当を広げた。

「ホント申し訳ない。こんなことになっちゃってさ」

「いえ」