「それでよく亜紀さんの結婚許可しましたね。世間的には若いママでしょ、亜紀さん」


「……許可した覚えはない」


「え?いや、だって―――」


いい歳の親父がぶんむくれて、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。


「……亜紀さんはシングルのまま優衣ちゃんを?」


「んなわけあるか!苗字が変わってるんだから。けど俺は反対したんだ。優衣が生まれてからも、むしろ今もだ」


ええと、もしかして踏み込み過ぎたか。


亜紀さんの入院の件以来、教授と話をする機会が増えている。


家族内でのアクシデントに居合わせたせいか、教授が僕に娘の話をしやすくなったのかもしれない。


それでも亜紀さんと優衣ちゃんの生活に関しては、複雑な事情があったことは普通に考えても想像がつくわけで、敢えてこちらから尋ねることはしなかった。


本人のいない所で勝手に探るような真似をするのは、僕は嫌だ。


そんなささやかなポリシーを、女系家族で孤独な親父がポンポンと崩していくから困ったものだ。


「余命宣告されているような男、どう頑張ったって未来はないじゃないか。もちろん気の毒だとは思う。けど、こっちからしたら亜紀の将来が犠牲になったようにしか思えなかったんだ!チクショウ!」


「………」


決してきれいごとでは済まされない親父の憂い。


酒でも入ってるんじゃないかと思うくらい一気に雄弁に語る教授に、かける言葉が見つからない。


「女房と子供に何も残さない男なんて……最低だ。自分だけ手厚く見送られやがって」


悪態をつく教授の目元が赤くなっていることに気付いてしまった。


きっと須藤教授は口で言うほど恨んでいない。


この人なりに、深く悲しんだに違いない。


「あの亜紀さんが選んだ人なんだから、人間的にとても良い人だったんでしょうね」


「違う。最低野郎だって言ってるだろ」


「そんなはずないじゃないですか」


余命幾ばくもないと知りながら、結ばれて子を成すほどの大恋愛をした後、散った命。


そんな魂が、数年前にはこの家族の一員として存在していたのだ。