もし、あのままただの茶集めという依頼内容で向かっていたら、私も辻も死んでいた。
もちろん、貴方も。
ただの茶集めに「村正」も「村雨」も持っていかないのよ?
「あ、あぁ....ごめんなさい」
「それでいいの。ただ、貴方は山に行っても、私と辻から離れないこと。もし離れたりしたら、私は助けないから」
「えー?なんでさ、助けてやろーぜ?」
「...嫌よ」
波之助は、私から離れるなと言われれば絶対に離れることはしない。
臆病で弱虫だけれど、言われたことはきちんと守る奴だ。
でも、辻は違う。
辻は、腕の立つ剣術を持っているけれど、すぐ熱くなって突っ走るのよ。
それが命取りになりかねない。
だから私は、波之助から離れることがあっても、辻から離れることはしないわ。
「と、とりあえず、波之助は私から離れないこと。いいわね?」
「わ、わかった。善処するよ」
「なら、早速!山へ!」
そして、正午を過ぎた頃か。
村外へ通ずる道と、村をつなぐ門。
妖華門に、三人は集まった。
私と辻は仕事用の動きやすい着物。
波之助というと、相変わらずパッとしない着物。
正直こんなの着てる男と歩きたくないわね。
「今、さらっと酷い事言ったよね...」
「凪は、波之助に対してほんと冷たいよなー?夫婦だろー?」
夫婦、ね。
親が取り付けた結婚なのに、何で一々仲良くしなきゃいけないのよ。
大体、波之助とはただの契約結婚、書類上での夫婦なのに。
まあ、この話を波之助にするとほんとに落ち込むから、そろそろ出発しよう。
「それじゃ、行くわよ。波之助、ちゃんとついてこないと置いていくからね」
門を出、山へ続く道を歩き始める。
昼間は比較的安全に道を歩いていられるが、夜になると猛獣や妖魔など、危険な生き物でこの道はまともに歩くこともできやしない。
妖華村の周りを多い囲むような形で、妖魔や猛獣の巣が多数発見されている。
妖魔というのは、人間の感情を食べて生きているため、遭遇した人間は、妖魔を殺さなければ感情を失って、ほとんど死んでいるのと変わらない状態になる。
もちろん、私も辻も経験したことはあるけれど、感情を奪った妖魔さえ殺せば感情は元に戻る。
命まで取らない妖魔は比較的殺しやすい。
問題は、猛獣だ。
アイツらは、人や動物、関係なしに食い散らかし、稀に、食べる為ではなく殺すために牙を振るうタチの悪い猛獣もいる。
私は、妖魔より猛獣の方が怖いし、できれば出会いたくはない。
今向かっている山には、猛獣も妖魔も多く生息していて、一匹見つければ十匹はいるんだとか。
「なんか、まるで、あれだね...。あのゴ」
「その先を言えば殺すわよ」
刀を抜き取る瞬間だ。
私は、虫が嫌い。
特にあの黒くて、カサカサ動くヤツ。
前にアイツの妖魔と出くわした時は酷かった。
というか、あれが原因で、私は虫が嫌いになった気がする。
「凪は、ほんと虫が駄目だもんな。虫除けはちゃんと持ってきたか?」
「えぇ、平気よ」
虫除けの数珠なら、しっかり着物の合わせ目に引っ掛けてある。
山や森、とにかく虫が多く出るところにはこの数珠を持っていく。
お母様が昔使っていたもので、同じくお母様も虫が嫌いだった。
「そうか、凪のお母さんも虫が嫌いだったんだ」
「えぇ、ちなみにお父様も虫は苦手よ」
「じゃあ、君達の家族で虫が平気なのは鈴蘭だけか」
「そうね。鈴蘭姉様は昔から変な虫を家に持ち帰ってきてはお母様と喧嘩していたかしら」
「鈴蘭かぁ、久々に逢いたいんだけどなー」
「姉様なら、村外の街で花魁をやっているって聞いたわ。ほんとかどうかはわからないけれど」
「それ、誰情報?」
「お母様よ」
あー...と、納得したように黙り込む二人。
まあ、私もお母様から聞かなければ信じなかったけれど。
姉様は私とは違って、胸も大きいし、色っぽい身体をしている。
私と同じ遺伝子とは思えないけれど、私には辻がいるし、姉様みたいになりたいとは思わない。
私には辻だけがいればそれだけで、幸せなのよ。
「君は、そのままでいいと思うけど?充分可愛いよ」
「そう、ありがとう」
「おっと、なんか素直だね?どうしたの?」
あ、言い忘れてたわ。
「そう、ありがとう。あと、波之助気持ち悪い」
その一言が、心に刺さったか波之助はしばらく黙ったままだった。
「凪は、やっぱ凪だからな。そのままが一番だ!」
「嬉しいわ。辻も、そのままが一番よ」
早くも二人の世界に入り始める私を、波之助が静止する。
「二人共、仲良くし過ぎ。いくら村外だからって、いつ何処で役人が見ているかもわからないんだよ?」
互いの耳元で、こっそり囁く波之助の言葉に、私も辻も咳払いを一つ。
「わかってるっての。心配性だな」
「なら、いいんだけれどね」
もうすぐ、山に着くわね。
「登山を始めたら無駄なおしゃべりは禁止。なるべく妖魔や猛獣には遭遇しないようにしましょう」
「わかった」
「おう」
滝酒山。
大昔、ここには八つの頭と八つの尾を持った龍が住んでおり、まだ若い女性を狙っては喰い狙っては喰いと人々に恐怖を与えていたらしい。
それを止めるべく、須佐能乎という神は酒を使い、酔い潰れた龍を滝底へと沈めたのだとか。
「へぇ、こんな山にそんな伝説があったとは」
「じゃあ、滝酒山って名前の由来はその伝説からか」
「えぇ、伝説には諸説あって、その龍は妖魔だったんじゃないかって話もある」
「ん、それならおかしくないかい?妖魔は人の感情を食べることがあっても、人そのものを食べることはないだろう?」
「確かに。その龍は、若い女性を狙って喰ってたんだよな?」
「馬鹿ね。諸説あるって言ったでしょ?」
若い女性その物を食べていたわけではないかもしれないじゃない。
若い女性の感情を食べていたのかもしれないし。
「そんな大昔のこと、私もよくは知らないわよ」
そんな話をしながら、私達は山の麓へと足を踏み入れた。
もちろん、貴方も。
ただの茶集めに「村正」も「村雨」も持っていかないのよ?
「あ、あぁ....ごめんなさい」
「それでいいの。ただ、貴方は山に行っても、私と辻から離れないこと。もし離れたりしたら、私は助けないから」
「えー?なんでさ、助けてやろーぜ?」
「...嫌よ」
波之助は、私から離れるなと言われれば絶対に離れることはしない。
臆病で弱虫だけれど、言われたことはきちんと守る奴だ。
でも、辻は違う。
辻は、腕の立つ剣術を持っているけれど、すぐ熱くなって突っ走るのよ。
それが命取りになりかねない。
だから私は、波之助から離れることがあっても、辻から離れることはしないわ。
「と、とりあえず、波之助は私から離れないこと。いいわね?」
「わ、わかった。善処するよ」
「なら、早速!山へ!」
そして、正午を過ぎた頃か。
村外へ通ずる道と、村をつなぐ門。
妖華門に、三人は集まった。
私と辻は仕事用の動きやすい着物。
波之助というと、相変わらずパッとしない着物。
正直こんなの着てる男と歩きたくないわね。
「今、さらっと酷い事言ったよね...」
「凪は、波之助に対してほんと冷たいよなー?夫婦だろー?」
夫婦、ね。
親が取り付けた結婚なのに、何で一々仲良くしなきゃいけないのよ。
大体、波之助とはただの契約結婚、書類上での夫婦なのに。
まあ、この話を波之助にするとほんとに落ち込むから、そろそろ出発しよう。
「それじゃ、行くわよ。波之助、ちゃんとついてこないと置いていくからね」
門を出、山へ続く道を歩き始める。
昼間は比較的安全に道を歩いていられるが、夜になると猛獣や妖魔など、危険な生き物でこの道はまともに歩くこともできやしない。
妖華村の周りを多い囲むような形で、妖魔や猛獣の巣が多数発見されている。
妖魔というのは、人間の感情を食べて生きているため、遭遇した人間は、妖魔を殺さなければ感情を失って、ほとんど死んでいるのと変わらない状態になる。
もちろん、私も辻も経験したことはあるけれど、感情を奪った妖魔さえ殺せば感情は元に戻る。
命まで取らない妖魔は比較的殺しやすい。
問題は、猛獣だ。
アイツらは、人や動物、関係なしに食い散らかし、稀に、食べる為ではなく殺すために牙を振るうタチの悪い猛獣もいる。
私は、妖魔より猛獣の方が怖いし、できれば出会いたくはない。
今向かっている山には、猛獣も妖魔も多く生息していて、一匹見つければ十匹はいるんだとか。
「なんか、まるで、あれだね...。あのゴ」
「その先を言えば殺すわよ」
刀を抜き取る瞬間だ。
私は、虫が嫌い。
特にあの黒くて、カサカサ動くヤツ。
前にアイツの妖魔と出くわした時は酷かった。
というか、あれが原因で、私は虫が嫌いになった気がする。
「凪は、ほんと虫が駄目だもんな。虫除けはちゃんと持ってきたか?」
「えぇ、平気よ」
虫除けの数珠なら、しっかり着物の合わせ目に引っ掛けてある。
山や森、とにかく虫が多く出るところにはこの数珠を持っていく。
お母様が昔使っていたもので、同じくお母様も虫が嫌いだった。
「そうか、凪のお母さんも虫が嫌いだったんだ」
「えぇ、ちなみにお父様も虫は苦手よ」
「じゃあ、君達の家族で虫が平気なのは鈴蘭だけか」
「そうね。鈴蘭姉様は昔から変な虫を家に持ち帰ってきてはお母様と喧嘩していたかしら」
「鈴蘭かぁ、久々に逢いたいんだけどなー」
「姉様なら、村外の街で花魁をやっているって聞いたわ。ほんとかどうかはわからないけれど」
「それ、誰情報?」
「お母様よ」
あー...と、納得したように黙り込む二人。
まあ、私もお母様から聞かなければ信じなかったけれど。
姉様は私とは違って、胸も大きいし、色っぽい身体をしている。
私と同じ遺伝子とは思えないけれど、私には辻がいるし、姉様みたいになりたいとは思わない。
私には辻だけがいればそれだけで、幸せなのよ。
「君は、そのままでいいと思うけど?充分可愛いよ」
「そう、ありがとう」
「おっと、なんか素直だね?どうしたの?」
あ、言い忘れてたわ。
「そう、ありがとう。あと、波之助気持ち悪い」
その一言が、心に刺さったか波之助はしばらく黙ったままだった。
「凪は、やっぱ凪だからな。そのままが一番だ!」
「嬉しいわ。辻も、そのままが一番よ」
早くも二人の世界に入り始める私を、波之助が静止する。
「二人共、仲良くし過ぎ。いくら村外だからって、いつ何処で役人が見ているかもわからないんだよ?」
互いの耳元で、こっそり囁く波之助の言葉に、私も辻も咳払いを一つ。
「わかってるっての。心配性だな」
「なら、いいんだけれどね」
もうすぐ、山に着くわね。
「登山を始めたら無駄なおしゃべりは禁止。なるべく妖魔や猛獣には遭遇しないようにしましょう」
「わかった」
「おう」
滝酒山。
大昔、ここには八つの頭と八つの尾を持った龍が住んでおり、まだ若い女性を狙っては喰い狙っては喰いと人々に恐怖を与えていたらしい。
それを止めるべく、須佐能乎という神は酒を使い、酔い潰れた龍を滝底へと沈めたのだとか。
「へぇ、こんな山にそんな伝説があったとは」
「じゃあ、滝酒山って名前の由来はその伝説からか」
「えぇ、伝説には諸説あって、その龍は妖魔だったんじゃないかって話もある」
「ん、それならおかしくないかい?妖魔は人の感情を食べることがあっても、人そのものを食べることはないだろう?」
「確かに。その龍は、若い女性を狙って喰ってたんだよな?」
「馬鹿ね。諸説あるって言ったでしょ?」
若い女性その物を食べていたわけではないかもしれないじゃない。
若い女性の感情を食べていたのかもしれないし。
「そんな大昔のこと、私もよくは知らないわよ」
そんな話をしながら、私達は山の麓へと足を踏み入れた。
