さて、と。
そろそろ仕事の時間だ。
まあ、きっと、今日も猪刈りとか赤子の子守とかだろうけれど。
それでもしっかりこなさいとね。
「いやー、流石にここ最近、猪刈りが多い気がするよなー。もっとこう、やりがいのある依頼とか来ないもんかなー...」
唇を尖らせ、気だるそうに背伸びをする彼女。
背には、彼女愛用の刀「村雨」。
今日の依頼が猪刈りや、盗賊討伐、山賊の撃退とかなら刀使うかもしれないけれど、赤子のお守りや山のゴミ拾いとかだったら持っていっても意味無いんじゃないかしら。
「いいだろ別にー。何があるかわからないんだぜ?凪も持ってけよー」
そんなことを口にしながら彼女は、寝室の刀置きに掛けられた私の愛刀「村正」を鞘に収めた状態で私に放り投げる。
それを受け止め、一応背に背負う。
あって困るものでもないけれど、意外と邪魔にもなるのよね。
「そんな事言ってたら剣士失格だぞー」
「いつから剣士になったのよ...」
私達は剣士じゃなくて
「おーい、空いてるかい?万屋のお二人さん」
そう。
私達は剣士じゃない。
便利屋だ。
村の人達には万屋の二人、なんて呼ばれ、ここに依頼に来る客も後を絶たない。
どんな仕事でも快く引き受けるってのが私達のモットーだからね。
でも、今顔を出した客の依頼は正直受けたくない。

「えっ、いや...なんでさ?」
「おろー?波之助じゃんか。もしかして、今日の依頼人はお前かよー」
「ちょ、ちょっと...二人してその態度かい!?これでも僕、凪の」
「あー、うるさいうるさい。その台詞何度も聞いて耳にタコよ。それで、依頼は?」
良いお茶と、いいお菓子、用意して損したわ。
よりにもよって、今日コイツが来るとは。
「あー、もう...この際僕への扱いは気にしないでおくよ...」
「依頼、早く教えろよー」
「わかってるって...実はさ」
目の前に立つ、ひ弱で貧弱な男は波之助。
私の婚約者であり、私の姉の幼馴染。
村の商人であり、あまり売れていない自作の茶を売って回っている。
それにしても、相変わらず小汚い服装。
その着物しか、持っていないのかってくらい、毎日それを着ているような気がする。
コイツの持ってくる依頼は、いつも決まってる。
茶の売り歩き、の手伝い。
なんでも、可愛い二人に隣で呼び掛けてもらえれば客もどんどん集まってくるんだとか。
まあ実際、客はよってくるんだけど、お母様曰く、浪之助に付き合わされている貴方達が可愛そうだからって理由らしい。
それを波之助本人が知れば、精神的に病んで、しばらく家から出なくなるだろうから言わないでねって口止めはされてるんだけどさ。
私にとっては、できればそうなって欲しい限りなのよ。
なんて、波之助の解りきっている依頼の内容なんて聞く耳も持たず、先ほど客のために入れたお茶を啜る。

「まあ、そういうことなんだよ」
「何が?」
「えっ、凪。ちゃんと聞いていなかったのかよ?」
えぇ、全く。
どうせ、茶売の手伝いかなんかでしょ?
「ふっ、甘いね。凪」
気安く名前で呼ばないでくれるかしら?
「あ、すいません...」
「ふっ、甘いな。凪」
「何がどう甘いのか、教えてくれるかしら?辻」
茶菓子と茶を辻へと差し出し、笑みを作る。
それを見た波之助は僕と態度が違いすぎる...、と肩を落としていたけれど気にしないわ。
「なんでも、今回は茶売じゃなくて、茶集めだ!」
「はぁ...、何それ」
茶集めって、茶畑でただひたすら茶葉を集めるだけじゃない。
「ねぇ、波之助。私達もそんなに暇じゃないのよ...。いつもいつも、貴方だけ特別扱いして、無償で依頼を引き受けられるほど、私達も裕福じゃないの」
「っ、そ、そんなのわかってるよ。だから、今日はちゃんと報酬を持ってきている」
口にした波之助は、手荷物の中から小袋を取り出し、私に差し出してきた。
「少ないけど、これで依頼を引き受けてくれないか?」
「うっわ、これ...」
「......」
小袋の中には金貨と札束。合わせて弐千桜位かしら。
確かに、これは多額の報酬。
けれど、やっぱり引き受けられないわ。

「な、なんで...?こんなに払ってもかい?」
「そうだぜ?凪。波之助が珍しく、しかもこんな大金を報酬に持ってきたんだぜ?」
「だからよ」
お茶を啜り、一息つく。
確かに、波之助がこんな大金を報酬に持ってくるなんて天変地異なことだわ。
でもね、だからこそ引き受けられないの。
この依頼には裏がある。
何故なら、波之助は今まで報酬を払って私達に依頼をまともに頼んできたことがないからよ。
そんな波之助が突然、しかもこんな大金。
いくら考えても裏があるとしか思えない。
「以上。帰って。お金も要らないから」
「うっ...、わ、わかったよ。ちゃんと話すから...、話でも聞いてくれないかな?」
お茶を飲み終え、部屋へ戻ろうとしたそのとき。
浪之助に頭を下げられてしまった。
まあ、話くらいなら聞いてあげても構わないわ。
「実は、村を出た先の大きな山に、この季節になるととても美味しいお茶の葉が成るんだ。今回はそれを取りに行こうと思ってる」
「村外の大きな山って確か、大きな猛獣や、危ない妖魔がたくさん出るんだっけか」
なるほど。
だから、私達に頼みに来たと。
「黙ってたことはほんとに謝る。だが、このことを話せば引き受けてもらえないんじゃないかって」
「馬鹿ね」
「え?」
「馬鹿だな」
「えぇ!?」
美女二人によって掛かって馬鹿と言われた波之助は何処か嬉しそう?
「そんなわけあるかー!」
「そう。でも、ほんとに馬鹿ね」
「私達は便利屋だぜ?頼まれた仕事はちゃんとやるっての」
辻の言う通りよ。
お金と依頼内容さえちゃんと話してもらえればどんな仕事だって引き受けるのが、この村の便利屋よ。
私の、お母様がそうだったように。
「あ、ありがと...」
「ありがと、の前にいうことがあるんじゃない?」
「え?」