悲恋哀歌-熱恋-

「あら、ごめんなさい。お茶とお菓子の準備をしていて」
「いえいえ、いいんです...」
客間にいたのは老人。
ではなく、大人しめの青年だった。
雰囲気などは波之助に似ているけれど、顔は全くね。
波之助の十倍は美形って感じ。
彼に対しての興味は湧かなかったけれど、首筋に見える刀等で切られた傷に視線がいってしまう。
「でも、貴方...、見かけない顔ね。この村の人じゃないのかしら?」
「あっ、はい...。実は、村外の妖華街に住んでいる者です」
妖華街、か。
姉様の住んでいるところも妖華街。
その妖華街の人がわざわざこの村まで来たってことは。
「街で起きている行方不明事件、のことで?」
「えっ、なんでそれを...?」
やっぱりね。
実は貴方以外にそのことで私に依頼をしてきた人がいるの。
だから、大体のことは知ってる。
「流石、妖華村の万屋様だ!」
青年は、私をまるで神様でも見るかのような瞳で見つめ、その後頭を下げた。
「お願いしますっ...。恋人が、恋人がいなくなってしまったんです...!凪さんの噂はかねがね聞いています!どうか、どうか僕の恋人を!」
「わ、わかったから、顔上げなさい」
はぁ、こういう依頼人が一番面倒くさいな。
まあ、でも、恋人を心配する気持ちはわかるし、無下にもできないわね。
それに、ちょうど良かったわ。
これで姉様からの依頼も同時にこなせる。
「とりあえず、落ち着いて。お茶でも飲んで。ゆっくり話を聞かせて欲しいの」
「は、はい...」
青年に茶と、カステラを出し、向かい合うように座る。
今日は賑やかしである辻もいないため、話は簡潔にまとまって聞くことができた。
青年の名は鷹丸。
村外にある妖華外にある居酒屋で、恋人である雪菜という女性と共に働いているのだとか。
雪菜さんがいなくなったのは三日前。
実家のあるこの村、妖華村へ向かったっきり帰ってこなくなってしまったらしいのだ。
雪菜さんの両親に、雪菜さんが帰宅したかどうかの確認を取ったところ、その日顔だけを出してすぐに街へ帰ったというのだ。
しかし、その日に雪菜さんが帰ってくることはなく、今日まで消息がつかめなくなってしまったらしい。
「お願いです...。頼れるのはもう、凪さんだけなんです...」
再び頭を下げ土下座をする青年。
もちろん、依頼は受けるつもりだが、村外へ続くあの道、そして滝酒山にこの青年を連れていくわけにもいかない。
でも、雪菜さんの顔がわかるのは鷹丸さんだけなのよ。
「困ったわね。何か、顔がわかるものがあれば、探すのも楽になるのだけど...」
「僕、行きます...。危ない目にあってでも、雪菜を見つけたいんです!」
「駄目よ」
妖華村から妖華街へ続くあの道は、妖魔や猛獣の巣に囲まれていて、一般人がまともに歩けるような道じゃないの。
それに、あの道だけならまだしも、滝酒山の麓、そしてあの山はそれ以上に危険なのよ。
私達便利屋はね、依頼人を危険に合わすような依頼は引き受けられない。
「それでもついてくるというのなら、この依頼は引き受けないわ。帰ってちょうだい」
少し、強く言い過ぎたかもしれない。
それでも、この青年を村外へ連れ出すことはできない。
私一人なら、猛獣や妖魔の一匹二匹、軽く相手にすることは出来る。
でも、一般人を庇いながら、守りながらなんて、とてもじゃないけど無理よ。
暫く、客間には沈黙が流れた。
青年は、俯き、顔を上げることはない。
もし、辻がいてくれたなら、青年を連れていくこともできたかもしれないが、やっぱり、私一人じゃ無理だ。
「...わかりました」
数分と黙っていた青年は顔を上げ、口を開いた。
「凪さんが、この依頼を引き受けてくれないのなら、僕一人で探します!お邪魔しました!」
青年は叫び、そして、家から出ていく。
再び、この部屋に響くのは、お茶を啜る音。
死にたいのなら、勝手にしなさい。
私の知ったことではないわ。
「...凪ちゃん、あの...、依頼受けてくれるかな....?」
青年と入れ替わるように顔を出したのは酒屋の叔父さん。
今の、私と彼のやり取りを見ていたのか気まずそうに口を開いている。
もちろん、引き受けるわ。
どうせ、酒瓶回収か何かでしょう?
「流石、凪ちゃん。鋭いね」
さて、と。
今日の依頼は、簡単そうね。