「じゃあ行くね、菜々ちゃん。今日、仕事終わったら……多分十一時頃、電話するから」
「うん、分かった。時間は気にしないで。今日、疲れてたら明日でもいいし」
「うん、ありがと……」
もうちょっと菜々ちゃんといちゃつきたいけど、そうも言ってられない。
ずっと触っていたい手を取って、指先を絡めた。もう手を洗わないでいようかな。次会えるまで。
「あっ」
「どうかした?」
「……しまった。俺って、ホント段取り悪いのな。ごめんね、菜々ちゃんまた今度」
プロポーズのために用意していた指輪、家に置いてある。
いま持ってたら良かったのに。
「いいよ、大丈夫。明日でも、明後日でも。透琉くんから電話があるって、待つ予定があるだけでも幸せなことなんだなって、気付いたもん。透琉くんと別れたあと」
菜々ちゃんが少し恥ずかしそうに言って、俺をまっすぐ見上げた。
やばい、幸せすぎる!
がばっと抱きしめた。もう離さないぞ絶対に。
「あああ、もう菜々ちゃん。ヤバイっ好きっ。どうしてそんな可愛いんだよう、やだもう連れて帰りたい! そんでもうどこにも出したくない、けどそんなヤンデレみたいなこと言うと怖いから、言わないけどっ」
菜々ちゃんが思っているよりもずっとずっと、俺も菜々ちゃんが好きだって知ってほしい。
離れていた一年分、取り戻したい。だからって、独占欲丸出しで監禁したいとか口を滑らせちゃ引かれるっての! 落ち着け俺!
「ごめん、つい取り乱しました。電話は、今日する。また今度って言ったのは……指輪」
「え? あっ、えっと、ごめんね。透琉くんの段取り無視して、逆プロポーズしちゃって。指輪、渡してくれる予定だったんだよね?」
「うん。……でもその予定、二度もポシャっちゃって、三度目の正直も駄目だったらって思うと、足踏みしちゃってた。いくら好きでも、巡り合わせが悪いのかなとかさ、ネガティブに考えちゃって。だから、今日の菜々ちゃんには、ほんとヤラレターって感じ。いかしてる、ラジオ体操マジ最高、愛してる」
想いの丈を全部述べて、離しがたい手を口元に運んだ。
「ここ、予約アリだからね? しっかりマーキングしとこ」
左手の薬指を、かぷりと甘噛みした。
本当はあちこちにキスマークを残したいけれど、それはまた今度。
「いつまでイチャついとんじゃボケえ!」
階下から久遠さんの声が響いてくる。
「わわ、んじゃホントにもう行くね!」
「行ってらっしゃい、今日も頑張って。いっぱい笑い取ってね!」
菜々ちゃんが笑顔で送り出してくれる。愛しい人の愛しい笑顔。
「うわー、菜々ちゃんったらプレッシャー与え上手う! 頑張ります!」
今日も俺は馬鹿やって笑わせる。笑われる。
笑顔が人を救うと信じて。
~彼はお笑い芸人さん【透琉Side】~Fin.

