彼はお笑い芸人さん(透琉編)



 みんなにはああ言ったけど、正直、『三度目の正直のプロポーズ』はプレッシャーがMAXだ。

 またポシャるんじゃないかと、ネガティブな考えがよぎる。
 だって一回目は骨折して、二回目は滑って、三回目は……果たして無事にプロポーズできるのか?

 フラッシュモブの企画会社と最初の打ち合わせは済ませたものの、仕事でなかなか時間が取れず、そこから先に進んでいない。
 プロポーズ場所のレストランは貸し切りにするわけだから、やっぱりどうせなら友達も招待したいと思い始めて、そうするとみんなの都合も考えないといけないし。色々と時間が足りない。


 雪美さんにちらり不安を口にすると、

「サプライズにこだわりすぎちゃう?」

 とズバリ言われてしまった。

「大掛かりに演出してコケる不安があるんやったら、普通に会いに行って、家でテレビでも観ながら、言うてもええんやで? 何気ない日常で、あっ今や思うタイミングもあるやん?」

 正論だ。それはある。菜々ちゃんと一緒にいて、何度「結婚しよう」と喉から出かかったことか。

「でもせっかく一世一代のプロポーズですよ? 生涯に一度の。そしたらやっぱり、最高の思い出にしたいじゃないですか。相手にとって。女性ってそういうの大事にしたいでしょ?」

「そーやなーあ。そういうん、一生懸命考えて用意してくれるんは嬉しいわなあ。うちのオッサンは、寝起きのボサボサ頭に無精ひげ生やした状態で、結婚してくれ言うてきおったからな」

「まあそれはそれで、いいと思いますけどね。俺と違って成功してますし。あー、うらやまっ。なんで雪美さんみたいな美人のしっかり者が、十年も売れなかった芸人と結婚したんですか?」

「十年も売れんと思わんかったもん。めっちゃおもろい、絶対この人すぐに売れるわ思うてた」

「その目利き、正解やったな」

 がばっと雪美さんの後ろから腕を回して抱きついてきたのは、噂の旦那、久遠さんだ。
 今日は、釣りに行こうと急に呼び出されたメンバーで集まっている。

 ノリで生きているような芸人の集いだ。釣りに行こうと呼ばれたはずが、まずは腹ごしらえをしてからと言われ、結局いつもの飲み会になっている。

「とーる、こそこそ人の嫁口説いとらんと、こっち来て飲まんかい。なーるように成るっ、なっ?」

 すでにほろ酔い気分の久遠さんに連行されて、後輩が後輩のネタをパクって踊っているところへ放り込まれた。

「おっ、たまッゲー。とーるさん、これ俺のほうが笑い取れますよね?」

「ちょっ。お前何でも乗っかりすぎ」

「なあ、これって脱いだほうがいいんじゃね?」

「いやん郡司さんが見てるぅ」

「その目やめろや」

 馬鹿騒ぎに身を任せ、飲まされるままに飲んでいたら、意識が朦朧としてきた。

 ポケットの中で携帯が鳴っていると気付いたのは、何コール目だろうか。

「…………わぁいふぁーい」

 酔っ払ったまま出ると、控えめな声が聞こえてくる。女の子の声だ。

「えっ、なに。うるさくって聞こえなーい。ちょ、っと、待ってね~」

 周りの声がうるさいから、席を立って静かなほうへ移動する。足元がよろりときて、随分酔ってるなと自分でも思った。

「おっけー。俺の声、聞こえる? こちら久遠邸。豪邸よりもしもし~」

 調子よく話しかけると、

「聞こえます。こちらファミレスより、もしもし~。透琉くん、そんな酔ってて大丈夫? ぐんちゃんも一緒?」

 菜々ちゃんが答えてくれた。なにこれ。俺の願望、出すぎじゃないの? 笑える。いつの間にか夢の中だ。寝てた俺。

「ぐんじ? 一緒なわけないじゃん。菜々ちゃん、迎えに来て。俺もう、無理。もう飲めない」