合図を受け、舞台袖から登場する。
 今日のお客さんには「とーぐんの漫才から始まる」と伝えてある。予定通りの歓声に出迎えられて、早速ネタを始める。


「どーもー、とーぐんです」

「いやあ、生放送緊張するね」

「するね」

 これはマジで。本当にガチガチに緊張してる。それを知ってるのは隣の郡司と、裏でモニターを見ている共演者さんと一部のスタッフだけだ。

「くれぐれも失言には気を付けましょうね」

「ましょうね」

「お前、さっきから相槌しかしてないけど、大丈夫? やけに緊張してない?」

「いやあ、ホント緊張しますよ。今日、俺プロポーズしようと思ってますもん。はい、俺は今めっちゃ緊張してます。そして、全く自信がありません。だから街のホットアイドル、スーパークールな眼鏡男子のぐんちゃんに、アドバイス貰いたいなあ思うんですけど、いいですか。じゃあ、ぐんちゃん彼女役やってね。俺、プロポーズするから」

「ちょっと待って。今、二点、ツッコミどころがありました。ハイまず一点目、『街のホットアイドル、スーパークールな眼鏡男子』って、すっっごいダサいんですけど。俺のキャッチコピー、もっとかっこよくして。そんで、ホットなんかクールなんか、どっちかハッキリして。キャラブレするから。そしてハイ、二点目。お前、誰にプロポーズするつもりだよ? んな相手いねーだろ」

「いますよ。いなかったら練習する意味ないでしょー。まあ実名出すのはアレですから、仮に『静香ちゃん』としましょうか。んじゃ、お前静香ちゃんやって。俺……」

「のび太くん?」

「僕、ドラえもん~。てれってれってて~、タイムマシ~ン。早く早く、のび太くう~ん、静香ちゃんがデキスギくんに奪われちゃうよ~。早く、このタイムマシーンに乗って~!」

「何なに、急にドラえもん出てきた」

「うん、ようしこのタイムマシーンに乗って、静香ちゃんにプロポーズしに行くぞう! ぎゅう~ん、ぎゅぎゅ~ん」

「何なに、来てるの? 俺は静香ちゃん役、ってことは……風呂か? 入浴シーンね」

「とうっ、着いたぞう。はあ、はあ、ここが二十年後の東京か……うう、何だか砂塵が凄いなあ。それに何だこの暑さは……まるで砂漠じゃないか。もしかして国を間違えたのかなあ。あ、向こうからお爺さんが。聞いてみよう。あの、すみません。僕は過去からやってきました、テストで0点ばかり取る駄目キャラの小学生です。ここは日本ですか? え、そうですか。どうしてこんなに空気が悪くて、暑いんですか? えっ、大気汚染と地球温暖化が進んでる? そんなっ、あっちの人にも聞いてみよう。すみません、あれっ、会う人会う人みんな、お年寄りばかりだぞ。えっ、日本人の三人に二人は高齢者? まさか、こんなに少子高齢化に拍車がかかっていたなんて……」

「あのー…、お風呂場から失礼します。そのリアル深刻な未来設定、いらなくない? もっと明るい、楽しい未来を想定しましょうよ」

「何言ってんだよ、静香。僕たちが結婚して、少子高齢化対策を講じようじゃないか。僕と、結婚してくれますか?」

「はい、喜んで」

 差し出した手を郡司に包まれる。きゃあーと黄色い悲鳴が客席から上がる。

「…………上手くいきすぎてビックリ」

「だな。最初からやり直す?」

「……いや、もうこれで行くわ。駄目だったら、笑って」

 ここまでがネタだ。最後のお願いはマジもん。
 スーツの内ポケットから携帯を取り出す。液晶画面をタップすると、すぐに掛けられるように表示させておいた菜々ちゃんの番号を押した。

 トゥルルルル、トゥルルルル……

「……透琉くん?」

 出た!
 一年ぶりの菜々ちゃんの声に、ぐっと込み上げるものがある。言うぞ、辻透琉。言って、男になる。

「菜々ちゃん? 俺と、結婚してくれますか?」

「…………」

 無言が返ってくる。耳を澄ませるけれど、静かすぎて辛い。
 ええい、駄目押しだ!


「僕と結婚してくださいませんか」

「な、何で、そんなっ…いきなり?」

「え?……っと、テレビ観てくれてる、よね?」

「………ごめん、観てない」

 え、何で?
 振られるかもしれないとは覚悟してたけど、観てくれてないとは想定外だ。

 もう観るのも嫌なくらい、嫌われてるとか?

「どっひゃあ~、出直してきます!」