不服な表情を浮かべて、ルルは僕を睨む。
そんなに睨まずとも、説明くらいするよ...別に言っても、【S】は、“彼”は怒らないだろう。
今はそんな事に構っていられる程、余裕が無いのだから...。
「教えるけど...、ちょっと待って。
今はこの絵を堪能しようじゃないか。」
「あんた、見てもどうせ解らないだろ。」
「これは別。
“彼”の絵だけは別なんだ!!」
「ね、熱弁しなくても...。
声の音量落としなよ、絵画展なんだぜ。此処。」
興奮してしまい声が自然と大きくなってしまった。
目立つ行為は避けたい。だが、僕は目立つ事が大好きだ。
今は必要無い情報だったね。
其れにしても、よくあんな状態でこの絵が描けたものだ。
幻聴に悩まされ、かなり精神を病んでいたのに、ここまで繊細な線が描けるものだろうか。
それに善人でも無い。
受けるね...。笑いが止まらない。
「ねぇ、君。【S】の正体を知っているのかい?」
僕の肩くらいの身長の男だ。
セルリアより少し低いくらいかな。
茶色い革のショルダーを肩に掛け、左手にメモ帳、右手にシャープペンシルを握っている。
記者か...。
「記者様が如何したんだい?」
「いや、失礼とは思ったんだが、会話が聞こえてしまってね。
興味深かったもので...。」
失礼と思っているならしなければ良いのに、この男は馬鹿か阿呆か。
失礼なんて言わなければ良いのに...“普通の人間”ってのは、そう言う所で罪悪感ってのを感じるのかな。
面倒な生き物だ。そう言う所は壊れてて嬉しいと思う。
「立ち聞きとは良い趣味だね。僕も偶にするけど...。
君、名前は?」
「失礼、わたしはこう言う者でね。」
男は胸ポケットから名刺を差し出した。
どっかの雑誌の冴えない記者のようだ。名前は、スレッド・マーソン。
直ぐに忘れそうな名前、と思った以外これと言って感じたものは無かった。
「話しなら外でしよう。なぁ、マーソンさん。」
「嗚呼、君がそうしたいのなら。近くの喫茶店にでも。」
「良いよ。ルルも一緒に来るだろ。」
「何でぼくまで...。」
ルルが頭を抱える。
「あの、すまないが...名前は?」
如何しよう...。
本名を名乗ろうか。思いついたものを名乗るか。
本名は...、記者だし、知ってそうだな。
変に気を遣われるのは嫌だし...。
何か適当な名前は...。
「僕はラグドル・スレイマ。
こっちは紫香楽 縷縷。宜しく。」
そう言って手を差し出した。
マーソンは僕の手を取って握手をした。
絵画展を出る際にアンジュラを探して、用事が出来たと伝えておいた。
マーソンが少し先を歩いて、先導している。
ルルが僕の横腹を肘でつつく。
「何だい?」
小声で答える。
「誰なの、〝ラグドル・スレイマ〟って...」
「今作った“僕”さ。何かご不満かい?」
「良くもまぁ思い付くね...」
「褒め言葉として受け取るよ。」
〝ラグドル・スレイマ〟
さぁ、どんな僕にしようか...。
社交性の高い人物が良い。明るさも必要。
良い人を演じよう。だが、良すぎてはいけない。
ちょっと気が弱そうってのも良いな。
友人を大事に思ってるってのは当たり前。
よし、そんな“人間”にしよう。
後は、ルルが余計な事を...出来れば黙ってくれれば良いや。
「あの店で良いですか?」
「僕は構わないよ。ルルも良いよね?」
「どうでも良いよ...。」
絵画展からそう遠くない店に入る事になった。
昼が近いと言うのもあって、店内は少々人で賑わっている。
適当に注文をして、僕達は奥の席に座る事になった。
どんな会話にしようかな...僕の頭の中はそれで一杯だった。


