ルルの言葉にアンジュラは首を傾げた。
無理も無い。彼女は平和な一般街の生まれなのだ。
疑問を浮かべるアンジュラをよそに、僕達は絵画展へ辿り着いた。

僕は絵画の知識に乏しいので、何が良くて何が悪いのか解らない。
抱えていたアンジュラを降ろすと、僕はいまだに拗ねているルルへ手を伸ばした。
アンジュラは周りの絵にすぐに夢中になったから特に気にかける事は無い。


「やっと2人だね。ルル。」

「あんたもあの子と一緒に見てくれば?」

「僕はルルと居たいの。」

「気持ち悪い...ぼくはあんたの安定剤じゃないんだ。」

「解ってるよ。さぁ、お目当ての【S】へ向おうじゃないか。」


ルルの冷たい金属の左手を握ると、ルートに従い先へ進んだ。
冷たいなんか言ったけど、僕は冷たいと言う感覚は既に失われている。
唯称してみただけだ。遊びだ。
何とも無い子供の戯れだ。僕は遊びが好きだからね。


「止めてくれないか?」

「逆に僕が言いたい。止めてくれないか?
僕の事を知ってるだろ、言ってくれ。
原因も解らない不機嫌な人と一緒に居たくないんでね。
せめて原因くらい教えてもらわなくちゃ。」

「...屈め。」


ルルの呟きに流石に僕は辺りを見た。
静かで少し重い空気が漂っている。
こんな場所で長身の男が小柄な女の為に屈めと言うのだ。


「此処でかい?」

「嫌なら其れでいいけど...」


そう言って過ぎ去ろうとするルルを何とか引き止め、僕は周りの目を無いものと考え屈んだ。
僕が屈むと、大体ルルの目線と同じくらいになる。
いや、ちょっとルルの方が高いかな。


「で、何だい?」

「...“__________ ”」


言い終えると、ルルはそそくさと足を進めた。
口角が上がる。
へぇ、ルルもそんな事が言えるんだ。
僕は立ち上がると先に進んだルルを追い掛けた。

ルルに追い付いて一緒に絵画を鑑賞する。
何も言わないが心無しか楽しそうに見える。
相反して僕は良さが解らない。上手い、下手は何となく解るが、其れ以外は何とも...。

会話も無く、僕達が進んでいると、一際人を集めている絵画があった。
幻想的な夜を連想させる魅力的な黒。黒だけでなく紫、藍色、青、深緑...其の他様々な色が混ざりあっている。
其れにも関わらず素晴らしい程、調和がとれている。

僕達も其の絵に近付いた。
近付いて解ったが、其の絵の中には1人の少女が描かれている。
異彩を放つ15〜6歳程の少女だ。
白いワンピースに血色の無い陶器のような肌、長い黒髪が背景に溶け込み、伏せ目の瞳は澄んだ碧い瞳が覗いている。
タイトルは『微睡み』と書かれており、作者の欄には【S】と書かれている。

何時もの事だが凄い人集りだ。
この“S”は美術界で最も謎めいている画家の1人で、素顔を見た者は居ない。
と、されている...。
だが、僕は知っている。いや、僕だけでなく知っている人は知っている。
何も言わないだけで...。


「相変わらず、凄い人の集まりだ。」

「この画家知ってるのか?」


絵から視線を離さず、ルルが聞いてきた。


「知ってるよ。そもそもの話、僕はこの絵を見に来たんだから。」

「あのなー...何でそう言う事を言わないんだ。
人には言わないと解らないって散々言う癖に。」


ルルが瞳だけを動かして僕を睨む。
左眼は髪で隠れてよく見えかったけど...。
睨んでいる瞳って言うのも、興奮するね...死人と瞳と違って、嗚呼、感情がこもっていて...。
はぁ、素敵な瞳だ...。


「アハハ、ごめんごめん。
でも、僕はそう言う奴だろ?」

「あんたのそう言う所が大嫌いだ。」

「んフフ〜よく言われる。」

「其れにしても綺麗な絵だな...。
神秘的な人が描いたんだろうか?」


吹き出しそうになったのを、何とか堪える。
手で口を押さえ肩を震わせて、込み上げる声を押し殺した。
ルルが眉を顰めて僕を見ている。


「ぼくは可笑しな発言をした覚えはないけど?」

「君が不意打ちするからだよ...。
はぁ、窒息死するかと思った。」

「不意打ち?...何の事?」

「画家【S】が神秘的な人って事。
彼はそんな人間じゃないよ。」

「...知ってんの?」

「あぁ、勿論。」