もうすぐ絵画展の会場に着くというのに、ルルが機嫌を直してくれない。
何故かは解らない。僕はルルにそんな態度をとった覚えがないからだ。
アンジュラとは手を繋いでいるが、ルルはワンクッション置かれた距離にいる。


「ルル〜如何したのさ?何で怒ってるんだい?」

「怒ってない。」

「口調から既に怒ってるじゃないか。」

「...怒ってない。」

「ヤキモチかい?」

「ぼくはあんたに、そんな感情は持ち合わせてないよ。
どうぞ其の子と一緒に居れば良いじゃないか。」


冗談半分に言ったのに、また距離を置かれてしまった。
アンジュラが如何かしたのか。いや、彼女は何もしていない。
解らない。ルルは何を怒っているのか。
怒っている事は目に見えて解るんだけどな...。


「あの...わたし、お邪魔ですか...?」


アンジュラがおずおずと聞いてきた。
何故、そんなに申し訳なさそうな顔をするのだろう。


「何でアンジュラが邪魔になるんだい?」

「えっ...だって、」

「口篭らないでよ。誰が君を邪魔って言ったんだい?」


首をかしげながら、傍らにいるアンジュラを見下ろす。
ルルは相変わらずそっぽを向いたままだ。


「え、あの...、わ、解らな、いんですか...?」


あぁ、アンジュラは知らないんだった。
僕が人の気持ちを理解出来ない事を...。
別に知られても差し支えない情報だ。言ってしまうか。
黙っている方が面倒だ。


「解らないよ。
僕は言ってくれなきゃ解らないんだ。
だから、ルルもアンジュラも黙ってないで教えてよ。」

「...よくも、まぁ、きっぱりと言うね。」

「そう言う男だって、君もよく知ってるだろ。」

「わ、解らな、いんですか!?」


アンジュラの驚きが聞こえる。
こう、目に見えて驚かれるのは新鮮だな。
逸脱しておかしい訳では無いのだけれど。


「そんなに驚く事?
僕は普通だと思ってるけど...」

「だって...、えっ、あ...」

「怒ってないよ。」

「は、はい...。
人の気持ちが解らないって...其の、えっと...、悲しい事、だと...」

「アハハ!何だ、君は僕を悲しい奴だと思っているのかい。
其れは誤解だよ。僕は今、悲しくなんてないからね。」


俯くアンジュラを抱きかかえる。
幼子を抱く様な、縦抱きと言うのかな、これは。
僕の身長ではアンジュラを縦抱きしても、違和感は其れ程無い。
高身長ってのは意外な場面でも役立つものだ。


「生まれつきだからね。まぁ、楽しくやってるさ。」

「え!?は、あの!、え?...何で!?」

「アハハハ!!楽しいね!
ねぇ、ルルもそう思わない?」


ルルは眉間に皺を寄せて、口をへの字にしている。
一体何が不機嫌の元なのだろうか。
まぁ、良い。後でじっくり聞く事にしよう。


「...さぁね。化け物の楽しみなんて、ぼくには解らないよ。」

「後で君にもしてあげるよ。
いや〜モテるって大変だね〜。そう思わないかい、アンジュラ。」


アンジュラは顔を赤くして、俯いてしまった。


「若い子が好きなんだろ。おっさん。」

「おっさんじゃないよ!失礼な!!
アンジュラもそう思うだろ!?」

「わたしに、聞かれても...ラーベストさんの歳、知らないです...。」


そっぽを向いていたルルが、アンジュラの顔を向いた。


「29歳だよ。この化け物は...。」


まだ、僕は“化け物”扱いかい。


「み、見えないです...。」

「ほら!!ルル聞いたろ!!?僕は若く見えてるんだよ!!」

「良かったね...。」

「あ、あの...ルルさん。」

「何?」

「何で、ラーベストさんを、ば、“化け物”って言うんですか...?」


アンジュラの顔を見つめたまま、ルルは暫く黙った。
ルルの事だ。迷っているのだろう。


「あんたは知らない方が良いよ...。
本来ならあの施設自体近寄るべきじゃないんだ。
あんたが“こっちの世界”に来るのなら話は別だけど...。」