第2巻 Sicario〜哀しみに囚われた殺人鬼達〜



軽く触れるだけの口付けを終えると、固まったキャタナインと驚きと怒りを混じえたボスを置いて、ベランダから飛び立った。


「ラーベストッ!!?テメェッ!!!」


屋敷からボスの怒号が聞こえる。

ボクが考えたあの場を抜ける最も良い策だ。正直リスクは高いなと思ったけど、キャタナインの気持ちを察してしまった時点でこれしか無いと思った。

キャタナインも満足出来たと思うし、結果血を流さずに抜け出せたのだから成果は大きい。


「誰かに好かれるなんて...もしかしたら初めてかも。」


唯、重ねるだけの関係ではなく。
心からの話で...。

適当な裏路地へ着地すると、服装を整えた。
乱れた髪も手で整える。自然と溜息が出る。短いけど濃い時間を過ごした。
正直、もう勘弁して欲しい...。


「あー言うのは兄さんが得意で、ボクには不向きだよ。」


声に出さないとモヤモヤして気持ち悪い。
所謂、独り言ってものかな...。

ボクは兄さんの言い付け通り、セルリアのアトリエへ足を向かわせた。
さほどアトリエから遠くない場所に降り立った筈なので、直ぐに到着する。
これ以上問題が怒らなければ...ね。

裏路地から抜けて表通りへ出る。
此処はシナバル街サルハラム通り。物静かな住宅が連なる一般街だ。
シナバル街の中でも団地やマンションが目立つ区域のようだ。
セルリアのアトリエは少し奥へ入った一軒家の多い区域にある。

1日の始まりから時間は其れ程経っていないので、道行く人や、道路を通る車は多い。
此方の世界で生きる人々は日々が平和と安寧に守られているのだろう。
そう考えると、自分が立っている世界が小説にでもありそうなファンタジー溢れるものだなとしみじみ思う。
ボクが主人公を務めても、常人には理解して貰えない描写が幾つも描かれるのだろう。
恐らく、いや、絶対に、買い求める人は居ないだろう。

これに関してはボクも兄さんと同じ意見だ。
従うのではなく。理解を持って納得しているという意味で。

ボク等の身近で主人公を務めるのならば、
其れは〝セルリア〟が最も相応しいと...。
きっと彼以外、物語の中心に立てる者はいない。
だから兄さんはセルリアを固執し、執着する。
それはいくらボクが血の繋がった兄弟であれ、如何する事も出来ない悲しき事実だ。

幼少の頃は叔父さんに、施設では知識に、そして今はセルリアに...。
どれだけ時が流れても、兄さんの1番にボクは居ない。
ボクは何時も蚊帳の外で、気が向いた時にだけ視線を投げかけてくれるだけ。
それがギフト・ラーベストが兄さんとして、最大限の行いなのだ。


「それでも嫌いになれないよ...。
あーぁ、ボクって不幸者!!」


背伸びをしながらボクは言う。

視界の端に大勢の若者が見えた。容姿を見るに10代後半か20代前半と言ったところだろう。
派手なファッションが目立つ。若気の至りか、はたまた唯の馬鹿か。

住宅街に存在する大人3人分位の小さな路地に、5〜6人の若者が屯っている。
其の隙間から小等生くらいの男の子が見えた。集団リンチだろうか。
嗚呼、可哀想に...。


「セルリアの兄貴を馬鹿にすんなァァッ!!!!」


少年の声が響いた。
道行く人が足を止め、声のした方へ視線を向ける。
勿論、ボクもだ。

其の前に...


「今、〝セルリア〟って言った...?」