適当に朝食を終え、ボクは噴水のあるハルバド広場のベンチに腰を下ろしていた。
目先には鳩が数匹、辿々しい足取りで歩いている。
だが朝は仕事に行く人が多い。其の鳩も直ぐに飛び立った。

人から見ればボクは浪人にでも見えるのかな。
いや、そんな若くないし...無職か。
若く見えると人は言うが、正直ボクは2〜3年経てば立派なおっさんの仲間入りだもの。
兄さんの前では其れは尻尾を振るけど、他はそうでもない。
『Sicario』ではギャップを少なくしているけど、他人に対してはそうでない。

ナタリアが言ってた。
「他人に接するお前はギフト其の者だ。」
と、変な事を言うよね。
ボクが兄さんに成れるわけない。
当たり前の事なのに...。


「はぁ〜...。
ボクって子供だな...。」

「如何かしましたか?」


斜め上から声が聞こえた。
気弱そうな優しい声音だ。声の方へ顔を向けた。
20もいかない少女が其処に居た。
茶髪と言うより赤髪と言った方がしっくりくる髪は、肩に付く程の長さで揃えてある。
ぱっちりと綺麗なシャープな瞳は、髪の色と酷似している。
白い耳当てに手袋、マフラー、コート。
防寒対策は万全の様子だ。


「誰?お嬢さん。学校は?」

「今日は休みです。気休めの散歩中です。」

「何で声掛けたの?逆ナン?」

「興味本位です。」


不思議な子だな。
直ぐ拉致されそう。疑いってモノが無さそうだから。


「知らないおじさんに声掛けたら駄目だよ。
拉致されたら大変だ。
お嬢さんは綺麗だから身代金も要求されそう。」

「綺麗だと身代金を要求されるの?」


少女はボクの隣に腰を下ろした。
警戒心ってのが無いのかな。変な子。
変な子と思わずにはいられなかった。


「そこに引っ掛かるの?面白い子だなぁ。」

「其れとおじさんなんて何処に居るの?
お兄さんしか居ないわ。」


首を傾げて、目を丸くしている。
若く見られるのは嬉しいけど、年相応に見られたいと思う気持ちはある。


「お嬢さんは天然かな。おじさんはボクだよ。
これでも28歳。もうすぐ三十路さ。」

「嘘!?見えないわ...。20歳ではないの?」

「そんな若くないよ。だからさ、こんな知らないおじさんに声掛けちゃ駄目だよ。
もう家に帰りなよ。
身形が良いし、資産家の子かな?」

「そんな事も解るのね。ちょっと違うわ。
そして私は帰らない。
其れに“知らないおじさん”ではないわ。
ねぇ、ドール・ラーベストさん?
私はキャタナイン・ファスティマ。
お父様が御世話になってるわ。」


嘘でしょ。
少女の名前に聞き覚えは無かったが、ファミリーネームは親しいものがある。
『ファスティマファミリー』規模の大きいマフィアだ。
其の全体図は計り知れない。少なくともボクは解らない。

唯兄さんのバックを守っている事はよく知っている。
現ボスであるレオナルド・ファスティマは、兄さんに借りがあるらしく仲も悪くは無い。
ボクも偶に兄さんに付いて行って、ファミリーの本部に行った事がある。

まさか其のボスに娘が居たとは...兄さんは如何か解らないが、ボクは初めて知った。
驚きを隠せず暫く何も言えなかった。


「如何したの?ねぇ、ラーベストさん?」

「いや...あの人に娘なんて居たんだなぁって。
うん、レオさんにはあまり似てない。」


キャタナインは瞳に寂しさを乗せた。


「...よく言われる。」

「でも髪と瞳はよく似てる。」

「本当!?」

「親子だからね。少しくらいは似てるものさ。」


そう、親子は似るものさ。
でも兄さんは父さんと母さんと少しも似てない。
外見の話ではなく、中身の話で。
幼いながらなにボクは知ってしまった。
兄さんに“人間味”なんて普通のものは存在しなかった。

キャタナインはボクとの距離を縮めて、尚且つ顔を近付けてきた。
これファミリーの誰かに見られたら、ボクの命が危ういかも...。


「ラーベストさんは、お兄さんとあまり似ていないわ。
まぁ、話した事は無いからよくは知らないけど...。」

「別に良いさ。兄さんは人とは違うから。
兄さんはね、きっと神様に近い存在なんだよ。
って言ってもお嬢さんにはよく解らないか。」

「人は神になれないわ。どんなに望んでも...。」


キャタナインはボクに寄り掛かった。
他人が見ている。これ、本当に大丈夫かな...。


「なる、ならない、の話じゃないよ。
信じるか信じないの違い。ボクは兄さんを神と信じているだけ。
お嬢さんにも何時か見つかるさ。」

「ラーベストさんは皆と違う考え方をするのね。
楽しい!!」

「楽しい?楽しいなんて変な事言うね。
と言うかボクと2人きりって大丈夫なの?」

「大丈夫よ。見つかったら其の時事情を話せば良いもの。」


不安だな...。
そう簡単にボクは死なないから、別に構わないけど。
無闇に力を見せるなって、兄さんからきつく言われてるし。
兄さんと違ってボクの怪力は人目を呼ぶから...。


「そろそろ良いかな?
移動しなきゃいけないから。」

「私も付いて行くわ!!」

「えぇ!?ちょ!冗談でしょ!!!」