別に名前が知りたいとか話してみたいとか、そういうわけではないんだけど、ただなんか気になるなあって。
「先生来ちゃったよ…」
春奈がうんざりした小声でそう呟いた。
そりゃ来るだろ、と心の中でつっこみつつ、背負っていたリュックからペンケースを取り出す。
そういえば昨日、赤のボールペン買ったんだった。
コンビニで買って袋ごとリュックに入れといたそれを取り出し、机の上に置いておいた。
この講義で使うことは、まあほぼないと思うけど。
「ん、なんだ?」
前にいた良太が、少し身を乗り出して下の方を見ている。
わたしも横に体を傾けて目を向けると、先生がプリントを配っていた。
珍しい。
この講義じゃ初めてじゃない?
「今日教科書忘れてたからラッキーだわ」
「ちょっと待ってあたしがこないだ貸したよね?」
「うん、忘れた」
隣の彼女は自分の彼氏を引っ張たくのが癖らしく、彼氏もまんざらではなさそうだからもう何も言わない。
人前だとよっしーに対してツンツンな春奈だけど、2人の時はすごい甘えてくるってこないだよっしーが言ってた。
仲良しだこと。
その様子を見ていると、プリントが順調にわたし達のとこまで回ってきた。
その束から1枚だけ取って、自分のものにしようとして、すぐにやめた。
「あの、どーぞ」
わたしは左側の彼に、それを、渡した。
「あ、ありがとうございます」
ペコっと軽く頭を下げて、彼は奪うわけでも引っ張るわけでもなく、スッと優しく受け取ってくれた。
春奈にも1枚渡して、自分のも取って、適当に残りを横に置いた。
ね、ちょっと待って。
声聞けちゃった。
すごくラッキーだ。
