帝都音楽大学の受験が始まる。声楽演出家コースの課題はカッチーニのアマリッリだった。
外国語はTOEICがほぼ満点だったので免除され、他の科目に集中できたので良かった。ピアノの課題もなんとかなった。

後は、運に任せるしかない!

私は1年間ニコラスとも逢わずに、血の滲むような努力をしてきた。真剣に音楽と向き合い、真剣に声楽を勉強した。

ーニコラス!聞いて!私、合格したのよ!

ーおめでとう!一番聞きたかった言葉だよー!

ーありがとう、私、頑張ったよ。

ー知っているさ!

ーみんなより遅れたスタートだけど、これからとっても楽しみなの。

ー早いか遅いかは問題じゃないよ。問題は、自分に正直でいられるかどうかだよ。

ー正直?

ーそう、正直でいることができなければ、人は真実と自由を得ることができなくなるからね。

ー私は正直なの?

ーそうさ!自分のやりたいことに忠実だろう?

ーうん。

ーさて、僕も正直にならなくちゃ!

ー何をしたいの?

ー君に逢いたいよ!

ー私も!


その夏は両者とも多忙で逢えなかった。

私はオーボエの時と同様、すぐに頭角を現し、いつしか学生でトップの歌手となっていた。
練習は厳しく、課題も多く、毎日がいっぱいいっぱいで、次第に連絡が疎かになっていった。

二度目の夏、私は音楽祭に参加した。ニューヨークで行われたこの夏期講習は、世界的に有名な音楽家たちが講師となり、ソロだけではなくアンサンブルなども総合的に指導する、とても有意義なものだった。

「奏美?」

「ジハン?」

「やっぱり、そうだ!元気そうだね!」

「嬉しい!覚えていてくれたの?」

「もちろん!まさか君も音楽祭に来てるとは!何を専攻してるの?」

「私は声楽。ジハンはチェロよね?」

「そうだよ。声楽の子たちとは会う機会がないのに、こんなところで会うなんてびっくりだよ!」

「本当ね!」

「偶然はあるものだね。そうだ、最終日の演奏会、良かったら見に来てよ!」

「いいわね!何を演奏するの?」

「シベリウスのカレリア組曲。」

「私、それ大好きなの!楽しみにしてるね。」

最終日、私はコンサート会場に来ていた。
一曲目が終わる。いよいよ、私の大好きなバラードが始まる。
SSSOで演奏してから、私はこの曲を気に入っていた。いつだって、この曲を聴くと音楽に関わっていて良かったと思える。

演奏は素晴らしかった。私は、自分もこんなふうに音楽を奏でたいと思った。


その年の冬、ニコラスからこんなメールが届いた。

ー奏美、元気かな?暫くぶりだね。僕は最近とっても忙しいよ。実は、学校のオーケストラのコンサートマスターになれたんだ。だからね、ソロがすごく多くて、練習ばかりの毎日だよ。それに、クリスマスシーズンは演奏の機会が多いから、もっと大変だよ!
君はどうかな?頑張ってる?寒いだろうから、風邪をひかないようにね! いつでも君のことを想う ニコラスより

私は多分、返信したと思う。しかし、確かではなく、それに、ニコラスからの返事はなかった。