何日か不毛な合奏が繰り返されて、やっとまとまりが出てきたが、もう公演がそこまで迫っていた。指揮者はイライラしている。奏者はどこまでいっても学生で暢気だ。

「君たちはオーディションで選ばれたんだろう?それなのに、こんなゴミみたいな演奏をして!もっと責任を持って!音楽を感じて!プロになったと思って!」

『音楽を感じて!』
ニコラスも同じことを言っていた。
もう少し頑張ってみよう。

公演が近くにつれて、オーケストラのやる気もアップして、上達してきた。

私たちオーボエパートはなんとなく団結していて、仲良くやっていた。ソロパートも2人で分けて、公平に演奏していた。ところが、本番前日になってステファニーは全部のソロは首席がやるべきだ、と主張してきた。

「そう思わない?」

他のオーボエ奏者に訴えかける。

「だって、2人いるんだから、分けないとフェアじゃないよ!」

第二オーボエ奏者のアンドリューが言う。

「人生はアンフェアなの!権力のあるものが勝つの!」

「君に権力なんてないだろ?」

「じゃあ、指揮者に決めてもらいましょう。」

そう言うと、4人で決断を仰ぎに指揮者のところへ向かった。

「いまさら?できるの?」

指揮者は不審な目をステファニーに投げかけた。

「大丈夫です。」

「じゃあ、いいんじゃない?君、上手いし。」

「それでは不公平ですよ!」

アンドリューは勇敢だ。

「奏美は?それでいいの?」

「え!第一奏者だから、やらなきゃいけないんじゃないの?」

突然話しを振られて、しどろもどろなことを言ってしまった。

「そのくらいの意気込みなら、やらなくていいよ。」

指揮者の決断は下った。私はソロを失ったー。


演奏会当日、ホールにはたくさんのお客さんが集まっていた。学生はみんなドレスアップして(アシスタントコンサートマスターの女の子は、まるで自分の発表会かのように、すごく派手なデザインのドレスを着ていた。)控え室で待つ。

私がこのオーケストラに参加した意味はなんだったのだろう。

そう思いながら、今日のパンフレットを見ていると、SSSOの歴史が載っていた。こんなに古い団体だったんだ…。

ふと、過去の演目を見ていたら、ニコラスの名前があった。彼もまた、このオーケストラに参加していたのだ。演目はシベリウスのヴァイオリン協奏曲。

時を越えて、同じ作曲家の音楽を演奏する2人。1人は果敢に協奏曲に立ち向かい、もう1人はソロパートを失うー。それでも、音楽を奏でる重要性は変わらない。誰かが欠けても演奏できない。重要なのは、どれだけ音楽と一体になれるか。そして、音楽を感じるのに必要なこと、それは豊かな心…。

ニコラスに出会って、私は確実に変わった。

誰かが叫ぶ。

「みんな!楽しい音楽を奏でよう!」

オープニングはバーンスタイン。次にグリーグ。そして最後がシベリウスのカレリア組曲。
フィンランドの南東部から、ロシアの北西部に広がる森林と湖沼。美しく、ノスタルジックな風景をそのまま切り取ったような音楽が3曲で構成されている。

ホルンがファンファーレを始めると、全ての楽器が目覚めるように徐々に加わり、大きな旋律へと変化していく。再びファンファーレが現れ、静かに締めくくられる。そして第二曲目はバラード。クラリネットとファゴットが演奏する寂しげな主題の次に現れる弦楽器の響き。情緒的な旋律、和音とリズムの重なりが美しい。
オーボエと弦楽器の対話の後、繰り広げられる弦楽器の合奏は壮大な風景を連想させる。
美しい音の重なりが大きな空想へと膨らんでいく。再び現れる対話。そして、その先にあるのは、雲の間から降り注ぐ朝日のように柔らかく慈しみに満ちた合奏。寂しさも憂いも含まれているのに、安らぎを感じさせる主題。

感じる心は音楽と一体になることを教えてくれた。

最後の一曲は楽しげな行進曲風。軽快なリズムを刻む弦楽器、次第に加わる金管楽器、そして可愛らしい木管楽器の掛け合い。また現れるファンファーレの後、主題に戻り、ラストへと次第に盛り上がっていく。

コンサートは大成功だった。