ある天気の良い日、私たちは川のほとりにある美しい庭園にやって来た。

「ここのカフェがね、すごく素敵なんだ。」

「庭園には夏に来たことがあるけれど、カフェに入るのは初めて!」

私たちはコーヒーを2つ頼んで、席に着いた。

「ここは夏になると薔薇が綺麗なんだよ。あと、蓮も咲くね。」

「薔薇は見たことがあるけれど、蓮はどこにあるの?」

「むこうに長方形の池があるんだ。」

「季節になったら、見に来なきゃ!」

「朝、早く起きなきゃね。」

「蓮って朝に咲くの?」

「そうだよ。すごく綺麗なんだ。」

「一緒に見れたらいいのにね。」

「そうだね、今度一緒に来ようね。」



冬の凍てつきが和らぐ頃、彼の夏休みも終わる。

ー明日帰国するんだ。今晩逢える?

わかっていたはずなのに、どうしても納得できない。メールに返信するのも悲しい。

ー今日は街で友達と食事をするから、その後でなら大丈夫。

ー何時に終わるの?

ー8時くらいかな?

ーわかった。家の前で待ってて!

ーわかったよ。

友達とご飯を食べて帰宅すると、家の前にはまうニコラスが来ていた。

「遅くなってごめんなさい。」

「大丈夫、僕も今来たところだから。」

「逢えてよかった。」

「そうだね、今日は何時まで大丈夫?」

「9時半くらいまでなら平気だよ。」

「じゃあ、急がないとね!」

彼は先日行った丘とは反対側の山の方向へ進んでいった。

到着したのは、展望台。横には小さな公園がある。

「こっち、こっち!」

「展望台じゃなくて、公園に行くの?」

「そうだよ。」

公園のはずれにブランコがある。

「ここに座って。」

座ると海が見えた。

「ここも素敵なところね!」

「そうでしょう。考え事をする時はいつもここに来るんだ。ブランコに座ってボーッとしてると、悩みなんてどうでもよくなる。」

ブランコがキィーキィー軋む。

私は返事をする言葉が見つからなくて、暫く俯いていた。

「ニコラス、あのねー。」

「待って、言わないで。」

目と目が合う。彼はそっと私の頬を手のひらで包むと、こう言った。

「好きだよ。離れていても、ずっと。」

「ー行かないで。」

鼻の奥がツンとして、涙が溢れる。

「泣かないで。また来年の夏休みに帰って来るから。」

そう言うと、そっとおでこにキスをした。

「さあ、そろそろ帰らないとね。」

帰りの車の中ではずっと手を繋いでいた。離したら消えてしまいそうで、怖かった。

ニコラスは優しい。才能もある。そんな人が異国へ行って、モテない訳がない。きっと、女の子は彼と恋に落ちる。私のように…。

なぜニコラスは私を選んだのだろう?もし、ただの気まぐれだったら、ひと夏の恋だったら、それほど悲しいことはない。

「大丈夫?」

彼はいつだって優しい。

「うん、ただー。」

「ただ?寂しい?」

「それもあるけれど、不安なの。」

「何が不安なの?」

言うかどうか迷った。少し、間をとって、不安を打ち明けてみた。すると彼は、

「バカだなぁ。さっきも言ったけれど、離れていても大丈夫だよ。愛に距離なんて関係ないだろう?」

「そうかなぁ?」

「また、自信がないんでしょう?大丈夫、僕がそう言うのだから、大丈夫。毎日連絡するよ。週に一度は電話をしよう。それなら平気でしょう?」

「うんー。」

家の前に来ると、車のライトを消し、静かに運転してくれた。しかし、門の前にはなぜかママが立っていた。

「ママがいる!」

「どうしたかな?」

「時間は平気だけど…。もしかして、さっき車に乗り込むところを見ていたのかな?」

ママは私たちを見ると、サッと家の中に入っていった。

「僕も行ったほうがいいかな?」

「大丈夫、なんともないから。」

「本当?何かあったら連絡してね。」

「うん、そうする。」

「じゃあ、またね。」

「またね。」

ドアを開けて、車を出る。振り向くと、ニコラスは手を振っていた。そっと手を振り返し、私は家に入った。

「奏美!」

「ただいま。」

「あれは、誰なの?」

「付き合っている人。」

「付き合っているって、いくつなの?あんな高級車に乗って!」

「22歳。」

「大学生なの?」

「ドイツの学校に通っているの。」

「じゃあ、夏休みね。いつ帰るの?」

「明日。」

「そう…。こんなに遅くまで遊んで、最近勉強も練習もしていないんじゃないの?」

「うるさいな!してるよ!」

「どうしたのよ、奏美はそんな子じゃないでしょう?」

「そんな子ってどんな子?私だって、もう子供じゃないんだから!いつまでもママの言う通りだと思わないでよ!」

「いい加減にしなさいよ。」

「もう、寝る!」

「奏美!」

リビングを出ると、まっすぐ部屋へ向かった。ベッドに飛び込むと、携帯を取り出してメールを打つ。

ー大丈夫だよ。心配しないでね。