目を覚ますと隣には誰もいなかった。
いつもはいるはずの人がいなかった。
瞳子は目を凝らし、それから呻き、布団から起き上がった。
窓に叩きつける雨の音。
「ちょっと」
瞳子はかすれ声でささやいた。
「あんた、どこいったのよ」
冷たい部屋にその声は氷のように響いた。
瞳子は立ち上がり、電気をつけた。
乱れた布団の中にやはりいるべきはずの人はいない。
瞳子はふらふらといつも彼が使っていた机に向った。
乱雑に紙束が置かれた机は昨日と変わらなかった。
瞳子は腰まである長い髪を右肩に寄せ、目を擦った。
何か、小さな変化を見つけたいと思った。
でも何も無かった。
明け方、郵便屋が持ってきた手紙の中に瞳子は夜中に消えた男からの手紙を発見した。そこには
『このままあなたと一緒にいると駄目になる。あなたとはいられない。突然出ていくことをゆるしてください』
という言葉がしたためられていた。
こうして瞳子と同棲していた文学者の男、東山由紀夫は突如として瞳子の前から消えた。
だがその時まず一番に瞳子の頭によぎったことは由紀夫はいつこの手紙を書き、いつポストに入れたのだろうというどうでもいい疑問だけだった。