「…嫌な見せ物ですね、ヘリオさん」

超強化ガラスの屈折で歪んで見えるそれに、ゼロは無意識に手を伸ばした。

「…嗚呼…」

「…」

ガラスの冷たさに堪らず溢れた涙に、無情にもそれは届かないことを嫌でも感じさせられた。

「…L…君…っ…」

フワリと浮かんだ四肢は眠るような安らかさで、自由に無重力空間を漂っている。

鎖の1つも纏ってなどいない、自由な。

生きている時には滅多に見せることの無かった優しい、幸せな微笑。

幼い彼を彷彿とさせるその表情は、酷く完全だった。


悲しみに我にかえれば、次に襲ってくるのは耐えられないほどの喪失感、そして恐怖。

「…」

この世で一番失われてはいけなかった命が失われたという事実、最も貴重な頭脳が封じられたという現実。

それは一人の少年の死としては些か大きすぎる苦しみで。

それはそのまま彼が与えた世界への、人々への、そしてゼロ自身への影響の大きさを示していた。

最後まで、彼が気がつくことは無かったようだけど。


「ヘリオさん」

「…んだよ」

「…L君は最後になにか」

「時間たちすぎた。もう、全然覚えてない」

ヘリオは、そういってゆっくりゼロを見上げた。

「…はっ…汚い顔」

「鏡を見ているんですか?」

挑発的にそういってから、ゼロは悲し気に微笑む。

ヘリオは一瞬ニッと笑って、また辛そうに顔を伏せた。

「…ゼロ」

「何ですか?」

「アンドロイドってさ、時間の流れとか、違ったりする?」

「…いいえ、私が思う限りでは」

「あのさ、俺。絶対…あいつらのこと全部覚えてる自信あったんだ」

でもさ、ちょっとずつだけど消えてくんだよ。

あいつらが死んで、まだ3日と経って無いのにさ。

もう俺、あいつらの声忘れかけてる。

思い出も、ちょっとずつ消えてく。

「恐いよ、ゼロ」

いつか俺、あいつらのこと忘れるのかな。

「俺の種族は、そういう運命なのかな、そうなのかな、ねえゼロ…」

「ヘリオさん」

ゼロはそっと、優しくヘリオに笑いかけた。

「きっと、大丈夫です」

漠然とした慰めに、でもそれなら一体どうすればいいのだろう。

答えを持つのが神ならば、不公平だ。


それを持ちながら与えないのは。

間違ったものを与えるよりたちが悪い。


「…望むしかないでしょう?船長さん」

あれほどに彼は神を信じていたのに。

救いなんて与えられなかった。


誰も救われない世界で今日も、どこかの誰かが幸せになっていくのだろうと。

ゼロは神を憎んだ。