「きゃぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
「…」
絶叫に近い悲鳴に、セレンはフッと振り向いて真正面の穴を見つめた。
一瞬考えて、バリアを解くと素早く穴に滑り込む。
黒い部屋についてそこを見渡せば、左手前の扉が開いている。
その手前に倒れているシルンを見て、その瞬間崩れ落ちた。
「…し、シルン…?」
這うようにしてシルンに近づくと、また絶叫が響き渡った。
「おい、シルン、何をされた!シルン!」
シルンの体は、内側から“溶けて”いた。
いや、腐っていたという方が正しいかもしれない。
酷い腐敗臭がたちこめ、セレンの吐き気を誘った。
「あ、あっ…せ…れ…」
伸ばした手は、そこから溶けていって肘でポタリと落ちる。
溢れる涙を拭って、セレンは優しく諭した。
「シルン、喋るな、喋るなシルン…」
「いた…い…い…たい…よ…セ…レ…」
溢れだす涙がその苦しみを物語っている。
セレンは溶け出す皮膚が絡み付くのも構わず、シルンを抱きしめた。
なぜか無条件に安心する声に、シルンは目を閉じた。
「こわ…い…死ぬの…こわい…よ…せれ…ん…たすけ…て…」
「大丈夫だ、大丈夫だからな…」
「う、う…」
シルンはすすり泣いてセレンにすがりつく。
そっと背中を撫でて、殆ど腐った肉に、セレンは限界を感じた。
もう、シルンは駄目だろう。
そんな冷静な声がして、爆発しそうな反抗がむくむくと首をもたげた。
でも、まともな反論すらできず沈められていくそれにセレンは泣いた。
「う、痛い…いた…い…いや…いや…行かないで…側に…いて…」
「大丈夫だ、最後まで側にいるからな…」
「う、セレン…苦…しい…セレン…約…束…おぼ…え…て…る?」
「約束…?」
シルンは零れそうな瞳で泣きながら笑った。
「うん…キス…してよ…セレン…」
あぁそうだ。
セレンは思い出す。
俺がお前を殺したら。
お前にキスしてやると。
それは絶対にシルンを受け入れないという比喩でもあったが、こうなってしまえばもうただの約束だった。
「…」
「ね、セ…レン…楽に…な…り…た…い…」
「シルン」
「ギ…リシ…ア…ギリ…シアって呼んで…」
「ギリシスじゃないのか」
へへ、とシルンは微笑んだ。
私ね、ずっと男の子として生きてきたの。
ギリシアって…女の子みたいでしょ?
だから…
「ねぇ…セレン…」
「ホセだ」
「ホセ…?」
「俺の、本当の名前」
シルン…いや、ギリシアは幸せそうにその名前を舌で転がす。
幸せだ。
ホセ、それがセレンの…本当の名前。
セレンは暫くゆっくりと背中を撫でて、ギリシアをこちらに向かせた。
「ホセ…」
「ギリシア、一生忘れないからな」
静かに重なった唇は、甘い血と、苦しい涙の味がした。


