「ムチャをしないでちょうだい。

ケガしている状態で、どこへ行くつもりなの?」

母は湿布が貼ってある腕をさすった。

「だって、逃げないと…」

そう呟いた彼女に、
「どこへ?」

僕は聞き返した。

一体どこへ逃げると言うのだろうか?

彼女はハッとしたような顔をすると、
「何でもない、です…」
と、呟くように答えた。

「幸い骨に異常はないけれど、しばらくは安静にしていた方がいいわ。

今、何か食べるものを作ってくるから。

それを食べたら寝てなさい、いいわね?」

そう言った母に、
「――はい…」

平雪音は呟くように返事をした。

彼女が返事をしたのを確認すると、母は台所へと足を向かわせた。