「なんでこんなめんどくさいことしなくちゃいけないの~?」

「仕方ないでしょ?選択しちゃったんだから…」

「だってもうこれしか選択できなかった~選択ってなに~選んでないんですけど~~」

「もう、対戦はとりあえず終わったんだし、文句言わない!」

沙紀が私の頭をぺちんと叩いて鈍い音を響かせた。
大勢の体育館履きの爪先部分の赤色が摩擦で床に擦り付けられてまるで秋の紅葉のよう……とは思わないけど、よくもまあこんなに汚れたもんだよな~まあずっと部活とかで使ってたらこうなるか~なんてどうでもいいことを考えるくらいは暇である。
場所は体育館の裏にある卓球場。
時刻は現在10:14分。
月曜日の3時間目真っ最中だ。

「帰りたい」

「真咲(まさき)…もうそれ口癖になってる」

「げ、マジで?気をつけよ」

特に気をつける気なんてないくせに、なんとなーく中身のない会話をしている。
まあ要はぐだぐだしている。
卓球なんてやりたくないし。
はやく終わらないかな、そういえば次の時間単語テストだっけな。
別のことに意識を浮遊させているときだった。

「全員対戦したなら次は男女でペア組んだから表見ときなー!」

先生の高い声がこの狭い卓球場に響く。
女子生徒たちの不満の声がひそひそと聞こえた。

「えー…男子って…あいつら?」

「ないわー…」

「なんかメガネばっかだし」

「クラスで喋ったことないし他のクラスのやつとかいるけどさ…そいつらも正直陰キャラばっかじゃん」

「さいあくー」

どんどん声は大きくなり、多分男子側にも聞こえたんだろう。場内の雰囲気は一気に悪くなった。

「あーあー…今からペア組むっていうのにこれだから女子は…」

「ちょっと真咲、聞こえちゃうよ」

「いいんだよ別にめんどくさい」

「まあそういうとこがあんたの良いとこだけどさ、気をつけときな?」

「はいはーい」

こんな風に沙紀が心配してくれるのには私の女子の反感を買いやすいっていう性格を考慮してくれてるから。
1年生のとき、ここにいる女子グループの一人、碧(あおい)が入っていた他のグループにたくさん嫌がらせされた。いや、まあ、理由としては私がその碧の彼氏に告白しちゃったってことからなんだけど…
私にだってそりゃ落ち度はあったよ?少し喋ったくらいで告白しちゃったし、碧の彼氏だって知ってたら好きになんてならなかったし、でも確かにあいつ私の告白に「はい」って返事したんだよ?それって私のせいになるわけ?
それからかな。碧から嫌がらせされ始めたのは。
筆箱とられたり、ジャージ隠されたり、よくある感じの。
完璧なる逆恨みな訳だけど、彼氏とられたってなるとああなっちゃうんだろうなーって気持ちは、まあ…分かるから。その最低な彼氏とは即行別れたし、特に私から碧に何かしてやるって気持ちはなかった。
あ、尻軽女って言われたのはカチンときたかな…尻軽じゃない、惚れやすいだけ!
さて、それから碧とは今年も同じクラスになってしまったけど、碧とつるんでた女子たちとは見事にばらばらになってしまって私と碧のことを知ってる人はほとんどいなくなったからか、嫌がらせはピタッと止まった。沙紀ともまた同じクラスだし、ほんと神様に感謝かな。
…こんなことがあったからか沙紀は私に対してオカン力(りょく)を発揮し、もともとひどかった心配性をこじらせている。
卓球は碧のグループも選択しているしなにかとびくびく気にしているらしい。
沙紀には何も問題なんてないのにね。私以上に私のこと考えてくれるんだから、ほんと良いやつだよ。うん。お人好しとも言うかな。

「今失礼なこと考えてたでしょ」

「べっつに~」

「はぁ…じゃあペア表見に行くよ」

えーめんどいーなんて言ってる私を無視して自分だけズカズカ歩いていってしまった。
急いでついていった先は女子やら男子が群がっていたから人と人の隙間からなんとか覗きこんで自分の名前を見つける。

「えーと…甲斐田(かいだ) 真咲……と……えーと、」


工藤皐月?
くどう……ん?下の名前なんて読むんだろ。聞いたことないな。

「沙紀ーこれなんて読むの?工藤……」

「さつき」

「あ、そうなんだ!ありが……」

ありがとう、と言おうと思って振り返る。
でもそこにいたのは沙紀じゃなくて。


その時、
持っていたピンポン玉が
床に おちた。


ひょい、とそのピンポン玉を拾いながらそのメガネの男の子は私の顔を覗きこむ。

「よろしく、甲斐田さん?でいいのかな」

「あ、う、うん、君が工藤くんねーよろしくよろしく!あはは」

あきらかに挙動不審な私に
もう対戦やる?なんて普通に話しかけてくる。
見た目なんか地味だけど別に顔は悪くない。まあ、メガネに隠れてるけどさ。
少し高めだけど落ち着く男の子の声。
ちょっと、いやかなり

うん、

声が素敵な男の子っていいっすよね。

いやいやバカか私。
初対面だぞ、ほんとのほんとにはじめて見たしはじめて話したし。

「はい対戦やるよー…甲斐田さん?」

「は、はい!」

もうすでにやる気満々な工藤くん。
慌ててその隣に立ってラケットを構える。
ノープロブレム、よし落ち着いたぞ。
目の前の明らかに仲良くできなさそうな二人組を倒すことだけ考えよう。

「サーブ」

「は、い!?」

「え、サーブ、甲斐田さんだよ?」

「あ、ああ!うん!よっしゃやるで!」

ちっとも落ち着けてないじゃん。
やるでって何だよ。
関東住みだろ。
しっかりしろよ自分。
浅く深呼吸をしてからサーブを打つ。

かこんかこん。
ラリーが続く。

工藤くんは相当うまいらしい。
動きに無駄が無い。
だが相手の男子もうまいらしくてラリーが途切れない。
女子同士だとこんなに続かないから、なんか妙に感心してしまった。

2、3回また続いたあと、

(あ、いま、いけそうかも?)

ちょっぴり相手の女子に隙ができたのを狙って
少し強めに打ってみる。

かこん、かこん、こんこんこん。

床に落ちた。

(あ、やった!取った!)

心の中でビシッとガッツポーズ。

そのとき

「甲斐田さん」

「へ!?」

ふいに隣から名前を呼ばれたから
振り返ると顔の目の前に誰かの両手があった。
急のことであわてて私も両手を出したら勢いよく二人の手が合わさる。

パンッ!

「よっしゃー!」


メガネの下でも分かるくらい
可愛い笑顔。
その笑顔に

かこん、と

おちてしまったみたいだ。