夏生を好きになったのはいつかなぁ、という疑問がふとわいたのは、その日の午後のことだった。

仕事の合間に、メイズのカフェラテでも飲もうと立ち上がったら、喜多さんに「どこ行くの?」と行き先を聞かれた。

私がメイズに行くと知った喜多さんが「私のもお願い」と言い、それを聞いていたほかの社員からもおつかいを頼まれた私は、五人分のオーダーが書かれたメモ用紙を持って列に並んでいた。

そのとき、急に思った。
夏生を好きになったのはいつだろうと。

少なくとも、初めて会ったときではない。
とても、きれいな顔をした男の人だと思っただけで。

出会った時から家を出た時のことまでを、ぼんやりと回想する。

初めて私が作った料理を「うまい」って食べてくれた時は?
敬語は禁止って言われた時はどうだった?
傘とラズベリースコーンを持って迎えにきてくれた時は?
風邪を引いてずっとそばにいてくれた時は?
夏生が女の人と会っていたと勘違いして、泣きながらののしった夜は?
二人で夜更かしをして、くだらない映画を最後までみた時は?
夏生が私にマフラーを巻いてくれた時は?
宮下さんと三人で飲んで、あの夜のことを聞いた時は?
紅葉を見に行った時はどうだった?

ひとつひとつ丁寧に思い出していたら、涙が込み上げてきたので、途中で考えることを放棄した。

だけど、今思えば、私はどの時も夏生にどきどきしていたような気がする。
口ではいろいろ言っていたけど、ずっと私は夏生に心を奪われていた。

もしかしたらあの時かもしれない。

病院を出て、『ギブスが外れるまでの一ヶ月間、私が住み込みで水嶋さんのお世話をいたします』と言った私に対して、初めて夏生が笑顔を見せたとき。

それまでずっと不機嫌な顔をしていた夏生が初めて笑ってくれた時。

その時からもう、私の恋は始まっていたのかもしれない。
私が気づかないうちに、ゆっくりと。