その日のお昼休み、喜多さんに誘われて、お気に入りのイタリアンのお店に行くことになった。

喜多さんは「週に一度、あの店のパスタを食べないと気が済まない」のだそうだ。

「男女が一緒に住むということは」

豚しゃぶと水菜の和風パスタをお箸で食べながら、喜多さんは話す。
今日はカウンター席だ。
ごつごつした感じの一本の木でできていて、触れると木の温かみを感じる。

「好きっていう気持ちだけでは無理だと思うの」

「どういうことですか?」

ナスときのこのトマトクリームパスタを食べながら、私は聞き返した。

「私ね、何年か前に彼氏と同棲していたことがあるんだけど。好きだからずっと一緒にいたくて同棲を始めたのに、一緒に住み始めるとなぜか喧嘩ばっかりになっちゃって、結局別れちゃった。あんなに好きだったのが嘘みたいに」

そのときのことを思い出したのか、喜多さんは顔をしかめてはぁ、とため息をつく。

「だからね、大澤は大丈夫かなって心配なの。無理とかしてない?」

「無理……ですか?」

食べる手を止めて考える。
無理ってどんなことだろう。

「えっと……具体的にはどんなことですか?」

「そうねぇ……。私はね、彼氏がカップラーメンを食べるでしょう? そのときに蓋を完全に開けないのね。ぺろんってしたまま食べるの。それはいいんだけど、そのごみをそのまま置いてたりされると本当にむかついちゃって。分別、誰がすると思ってんのよって。そういうことってない?」

「……そういうのはない、です」

私は慎重に思い出しながら答えた。
一緒に生活をしていて、心臓がもたないなと思うことはあっても、そういう日常のささいなことが気になったり、腹が立ったことは今まで一度もないことに今更ながら気づく。

「え? ないの? いいなぁ。きっと相性が本当にいいんだ。大澤と水嶋くんは。私なんて毎日のように喧嘩してたの。便座はおろせとか、靴下を裏返したまま洗濯機に入れるなとか」

喜多さんは「今思うとくだらないことばかりなのにね」とひとりごとみたいに言った。

「付き合うのは割りと簡単なのよ? たまにしか会わないんだから、我慢だってできるもの。だけど、同棲って難しいの」

「そうなんですか?」

「そうよ。でも、よかった。本当に仲よさそうで。大澤、付き合うのも同棲始めるのも展開が早いんだもん。あとから、こんなはずじゃなかったー、ってなってたらどうしようかと思ってた。でも、こないだも……大事にするとか言っちゃって」

あのときのことを思い出したのか、喜多さんは両目をぎゅっと閉じて「あーやだやだ」 と照れくさそうに笑った。

「一緒に生活してもなお好きでいられる人って結構貴重だから、この恋を大事にしなさいよ」

喜多さんは優しい顔をして言う。
私は、はいと返事してうつむいた。

私たちの関係がもし本物だったなら、どんなによかっただろう。
そうしたら私は大事にするのに。