奥さんって言われた。

会計を終えて、病院を出ても私はそのことばかり考えていた。
夫婦みたいに見えたのかな。
私が前のめりでいろいろ聞いたから?

私たち、夫婦みたいに見えたのかな。

だって奥さんって言われた。

「腹減ったー」

駅まで歩きながら、夏生が私の頭のてっぺんをつんつん、とつつく。

「え? あ、うん。お腹すいたね」

「どこかで食って帰る? それか買い物して家で食べる? しずく、どっちがいい?」

夏生は、俺はどっちでもいいからしずくが決めな、と言ってネクタイをゆるめた。

相手が夏生じゃなかったら、私は迷わず食べて帰る、と言っていたと思う。
家に帰って来てこれから料理をするなんてしんどいから。

「家で食べたい」

だけど、私はそう答えた。

夏生とふたりで買い物をして、夏生の家でご飯を食べることは、外食をすることよりも、ずっと特別なことだと思った。

「俺もそれがいいと思ってた」

「どうして?」

「しばらく、しずくの手料理食べてなかったから」

スーパーに向かって歩きながら、夏生が聞き取れないくらい、小さな声でそんなことを言うから、私は照れくさくなってうつむいてしまう。

そう言われてみれば、風邪をひいていたり、大喧嘩をしたりでここのところ、ご飯を作っていない。

「タバコはダメって言ってたね」

私は照れくささに耐えかねて、話題を変えた。

「でも、普段は吸わないよね? 夏生」

夏生がタバコを吸うのを見たのは、あの大喧嘩をした日だけだ。

「うん。すっごくむしゃくしゃしてる時しか吸わないから」

夏生はそう答えて、もう一度「腹減ったー」とぼやく。

スーパーに着いて夏生に「何が食べたい?」と訊ねると、「鍋しよう、鍋!」と即答された。

お鍋いいね、と返して私は白菜を手に取る。
そうだ、味噌鍋にしよう。
お箸が使えないから、今までしたことはないけど。
取り分けるのは私がしてあげればいい。
ビールも忘れずに買おう。
アルコールはだめなんて、一言も言われなかったし。

今夜も冷える。
ふたりでするお鍋はきっと特別な味がするだろう。