子どもみたいに声を出して泣く私に、夏生はきっとうんざりしてると思う。
だけど、涙はとまらなくて、私はぺたんと座り込んで床に突っ伏すと、大声で泣いた。

違うのに。

こんなこと、言いたくないのに。

夏生のこと大嫌い、なんて嘘なのに。

本当に嫌いなのは、こんな嘘つきの自分なのに。

だけど、もういいんだ。
なにもかも、もうどうでもいいんだ。
こんなハムスターみたいで色気もなくて嘘つきで情緒不安定な女、早くこのうちから放り出してくれればいい。
そして、夏生は今まで通り、コンパに行ったり、女の人と会ったりすればいい。
ネクタイだって、あの人に上手に結んでもらえばいい。
食事だって、洗濯だって、夏生が頼めば喜んでやってくれる人がたくさんいるだろう。

「もう帰る! 帰るんだからぁ!」

床に突っ伏したまま泣いていたら、背中を夏生になでられた。
気持ち悪くて吐きそうな人にするみたいに、上下にゆっくり。
なぐさめるみたいに、いたわるみたいにそっと。
何度も何度も。

温かくて大きな夏生の手のひらの感触が、洋服越しに伝わってくる。

「夏生の嘘つきぃ……」

「もうわかったから」

「夏生なんか大嫌い」

「……そっか」

「もう帰る」

「……うん」

夏生がさすってくれる背中が温かくて、私はひどいことをたくさん言ってるのに、夏生の返事をする声はどこまでも優しくて、そのことがどうしようもなく苦しかった。

帰る帰る、と言いながらも、私は座り込んだままだったし、夏生も背中をさすったまま動かなかった。

どれくらい泣いていただろう。

ぐすっと鼻をすすると、夏生がティッシュペーパーを二、三枚手渡してくれた。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を拭いてから顔を上げると、夏生が私の前にしゃがみこんでいる。

「……今、帰られるのは困る」

夏生は私の頬にはりついた髪を左手で優しくはらってくれた。

「夜も遅いし、急すぎる」

それに、と夏生は続ける。

「今のしずくは酔っぱらってるから危ない」

ほら、まただ。
この人はずるい。
こんな時に限って優しい顔で笑う。

「明日になったら気持ちが変わってるかもしれないし」

泣き腫らしてぽってりとした瞼にそっと夏生の指先が当てられた。
ひんやりとしていて気持ちよかった、

目を閉じると、また涙が溢れる。

「また明日、考えてみてくれないかな」

こくり、とうなづくと、夏生は私の髪をなでてから立ち上がらせた。

明日、もう一度考えてみよう。
そう、今日はもう電車もないし。
夜は寒いし危ないし。
帰るのは明日でも構わない。

明日でも明後日でもその次でも構わないから。