その日のランチは喜多さんとパスタを食べに行くことになった。

ビルの外に出ると雨はもう上がっていて、道路にはみずたまりができている。

最近、会社の近くにオープンしたばかりの小さなイタリアンのお店は、私と喜多さんのお気に入りだ。

みつばちが描かれた看板はとても控えめで、知らなければ通りすぎてしまうくらい小さなお店だけど、若いシェフがつくる料理はどれもおいしい。

同じ会社の人に会わないところも気に入っている。
それも、時間の問題かもしれないけど。

「実は水嶋さんと付き合ってるんです。で、もう一緒に暮らしてるんですよねぇ」

パスタランチを待つ間に、ほとんどやけくそで私は喜多さんに告白した。
三つしかないテーブルは満席で、カウンターにもお客さんが座っている。
壁の飾り棚に飾られた、小さなサンスベリアやポトスがかわいらしい。

「はっ? え、なに? どういうこと?」

「だから、そういうことなんです」

「早すぎない? 展開が」

「もうふたりとも大人だし、水嶋さんのおうち会社から近いからいいかなって思って」

「あの事故がきっかけってこと?」

「まさにそうなんです」

「……私、水嶋くんと同期だけど、あの人コンパばっかり行ってるし、女性社員の人気者だから、いろいろ心配なんじゃない? 大丈夫なの?」

ランチセットのサラダがきた。
私は早速フォークを手にする。

「そうみたいですね。でも大丈夫です。信じてますから」

「へぇ、大澤って見かけによらず、猪突猛進タイプなんだ。でも、大澤と水嶋くんって意外な組み合わせだなぁ。大澤は加地みたいな癒し系男子が好きなのかと思ってた。ふたりでいっつもふわふわしてるじゃない」

「ふわふわってなんですか?」

ふわふわって。
思わずサラダを吹き出しそうになった。

「加地と大澤がふたりで仲良く話してる時、辺りに虹色の雲がふわふわ浮かぶのが見えるのよね、私」

あなたたち、ふたりして二課の癒し系なんだもん、と喜多さんは笑う。

「加地くんは仲良しですけど、男として見れません。向こうもそう思ってると思います」

「えー、そうなの? しかし、水嶋くんと大澤かぁ。あのモテ男、大澤みたいな小動物系女子が好きだったのか……。狼みたいな顔してるくせにね」

「そうみたいです。……そういえば、喜多さんの彼氏、お仕事どうなりました?」

これ以上深く追及されたらきっとボロがでてしまう。
それに、喜多さんにこれ以上嘘をつくのは嫌だった。

「彼氏? ああ、あの人ね、またバイト辞めちゃった。今回は一ヶ月もたなかったね」

喜多さんはたくさん恋をしているけど、相手はみんなこんな感じのいわゆるダメな男だ。
自分でもそれをわかっていて、それでも好きになってしまうらしい。

「私が好きになる人って、 バンドマンとか売れない役者とかでさ、 みんな定職につかないの。一度でいいから、ちゃんと働いてる男の人と付き合いたいなぁ」

毎回そう言うけど、言葉とは裏腹に、恋をしているときの喜多さんはとてもしあわせそうに見える。

「しかも今回の彼氏、体も弱かったりするの。すぐおなか壊すのよね。アレルギーもあるの」

喜多さんは話しながら自嘲気味にあはは、と笑う。

「金なし、職なし、おまけに病弱。だけど好きなんだから仕方ないの。愛はプライスレスってことよね」

「本当、そうですよね」

喜多さんの言葉に大きくうなづきながら、私たちの間には愛なんてないくせに、と思った。