デスクでメールチェックをしていると、少し遅れて出勤した加地くんが向かいの席に座った。

「……さっきの本当?」

顔は見えないけど、その声から私のことを心から気にかけてくれているのが伝わってきて、一瞬本当のことを話してしまおうかと思った。
きっと私と夏生の噂は瞬く間に社内に広がるだろう。
社内に誰かひとりでも本当のことを知っている人がいれば、少しは心が楽になるかもしれない。
だとしたら、その相手は加地くんしかいない。

「あのね」

パソコンの向こうにいる加地くんの顔が見えるように、軽く腰を浮かした時、「おっはよーございまーす」と元気な声がして、振り向くと喜多さんがメイズのテイクアウトカップを手に出勤していた。

「あ、おはようございます」

「大澤。今日こそゆっくり話聞かせてもらうわよ?」

「……はい」

タイミングを逃した私は、結局加地くんになにも話せなかった。
加地くんは何度も私に問いかけようとしてきたけれど、私は仕事に没頭するふりをしてやり過ごした。

今は我慢しよう。
無事に一ヶ月が経ったら、加地くんに全て聞いてもらおう。
『それは大変だったね』となぐさめてもらおう。

一ヶ月間。
一ヶ月間だけ、我慢すればいい。

そう自分に言い聞かせて。