「すっぴんにパジャマ。目の前にほぼ初対面の俺。恥ずかしくないの?」

トーストをかじりながら言われた、水嶋さんの言葉が胸に突き刺さる。
確かに自分でもどうかとは思う。
でも、もう見られてしまったんだから仕方がない。
それに、もともとメイクは薄い方だから、豹変してるわけじゃないし。
いや、そういう話ではなく、もしかしたらこれは女子力の問題なのかもしれない。

「恥ずかしいですよ」

「嘘つけ」

水嶋さんはマグカップから少し口を離してそう言うと、コーヒーを飲み干した。

「こんなにも色気のない女、初めて見た」

「ひどいです」

「八時二十分に家出るからな」

水嶋さんは、使った食器をぱぱっと重ねてキッチンに向かうと、それをシンクに置き、伸びをしながら自分の部屋に入っていった。

「ああ、もう」

がっくりしながら食器を洗い、私も自分の部屋に入るとメイクを始めた。
ファンデーションとピンクのチーク、それにアイライナーを軽くひくのと、マスカラを少し塗るだけ。
髪は黒色のストレートボブ。
自分でも、童顔だと思う。
子どものころから、かわいらしいとか愛嬌があるとはよく言われたけど、きれいとか美人と言われたことは確かに一度もない。
だけど、さすがに色気がないと面と向かって言われたのは初めてだ。

「悔しい……」

どうせ水嶋さんはもっと色気のあるセクシーなタイプがお好きなんでしょうよ。
社長室の秘書の人とか、広報担当の人みたいなさ。

「別にいいし」

誰に聞かせるともなく文句を言って、肩にリボンのついたウエスト切り替えワンピースに袖を通すと自分の部屋を出た。

リビングでは、シャツを着た水嶋さんがネクタイを結ぼうとしているところだった。

「シャツは着られたんですね」

「脱ぐより着るほうが簡単だった。先に右腕を通してから左腕を通すんだよ」

「なるほど」

「でも、ネクタイが結べない。大澤、やって」

「え? ネクタイをですか?」

「できないの?」

できるわけないじゃない……。
それとも、世の多くの女性はできることなのかしら。

「教えるからやって」

水嶋さんはブルーのネクタイをひらひらさせながらそう言うと、左手だけでシンプルノットという、一番簡単な結び方をゆっくり教えてくれた。

「じゃ、やってみ?」

一度目は剣先が短くなってしまって失敗。
二度目はなんとか成功したけど、結び目が不恰好だった。

「難しいですね」

そう言って何気なく顔をあげたら、思いのほか顔が近くて胸が跳ねた。
意識しちゃダメだと思えば思うほど、緊張して指先が冷たくなる。
なるべくこの距離のことを考えないように、ネクタイだけを凝視しながらなんとかうまく結び終えると、水嶋さんからぱっと離れた。

「明日から毎日してもらうから、練習しておいて」

こんなこと、毎日していたら朝から疲れる……。

「ほら、行くぞ」

ストラップをつけたビジネスバッグを斜め掛けにして、水島さんは玄関に向かう。
そっと息を吐きながら、私はその大きな背中を追いかけた。