それから四人の生活が始まった。

崇仁は俺に懐いて来た。
事あるごとに『おにいちゃん』『お兄ちゃん』『兄さん』と何でも俺に聞いて頼って来た。
俺も崇仁は可愛かった。頼られて悪い気はしなかった。

大学を出て親父の会社に一般入社し、周りから社長の息子だからと言われないように必死に働いた。
そして俺は本部長になった。

そんな時、崇仁も親父の会社に入りいきなり係長という役所だった。

俺は親父を疑った。
別に縁故入社などしたかった訳じゃない。ただ腹違いとはいえ同じ親父の息子なのにこうも違うのかと…

それから半年した頃、母の幼馴染で弁護士をしている樋口鷹介(ひぐちようすけ)さんが訪ねてきた。
彼とは母を見舞いに行った時何度か顔を合わせた事があった。

「辰次郎君、君のお母さんから預かっている物がある」

見せられたものは自宅と会社の土地の権利書といくつもの通帳、全て俺名義だった。

「これは?」

「この他にも会社の株60%が君の物だ今は私が管理している」

「なぜ父ではなく俺の名義なんです?」

「彼は君の本当の父親ではない。戸籍上の父親だ」

「え?……」

「君の母親…郁子が君を身ごもった時はまだ大学生で結婚していなかった。相手は私の親友でね…郁子は彼と結婚するつもりでいた。しかし郁子の両親は許さなかった。彼に金を渡して別れさせようとしたんだ。それを知った郁子は家を出ると言ったが彼はそうさせなかった。彼は母子家庭で、自分は母を捨てれない。だから郁子にも親を捨てさせたくないと言って姿を消した。母親と二人で…その後郁子の両親は世間体を考え仕事の出来る今の君の父親と結婚させた。だから戸籍上は父親なんだよ」

親父は婿養子と知っていたが……だから親父にとって崇仁と俺は違ったのか…

「郁子は篤子さんと崇仁君の事は知っていたよ。亡くなる随分前から興信所に調べさせて居たようだ。郁子が亡くなる少し前郁子の名義の物を全て君のものにしてくれと頼まれ私が手続きをした。そしていつか君に渡す時が来るまで預かっていて欲しいと言われていた」

母さんは親父の裏切りを知っていた。篤子さんと崇仁の事を知っていた……なんて悲しい事だろう。

「そのいつかが今なんですか?」と俺は聞いた。

「10年ほど前から私は海外で仕事をしていてね、ちょうど日本に帰って来ている時にたまたま見た雑誌に崇仁君のことが載っていて驚いたよ。後継者の崇仁と書いて合ったのには、私は君の父親から後継者は君だと聞いていたから安心していたんだ。遅くなってすまなかった」

樋口さんは頭を下げた。

「郁子はずっと不幸せだったわけじゃない。愛した人の子供を産み君を愛していた。そして君の中に彼を見ていたんだと思う。君は彼によく似ているからね。それに最後は彼に看取られて幸せだったと思うよ」

「えっ?看取られたって?」

「郁子が亡くなる2年ぐらい前かな彼が俺を訪ねて来てね郁子の事を教えたら、花の好きだった郁子に毎週花を持って見舞いに行っていたよ」

毎週?…花を持って見舞いに…
親父が持って行ってると思っていた花はその人からのお見舞いだったのか……
だから、いつ行っても綺麗な花が生けてあったんだ。

『今度は彼、どんなお花を持って来てくれるかしら?』と言っていた母の言葉を思い出す。

良かった…最後は幸せだったんだね。