「ねぇねぇ、明仁」
「ん、」
「おっきい庭とかさ、ほしいよね、家。」
「ん。」
「でさ、子どもは、男の子と女の子、どっちもほしいなぁ」
「ん。」
「いーっぱい遊んであげるんよ。明仁も、遊んであげてね。」
「ん。」
「それでね、」
「なぁ、」
「うん?なに」
「なに、やない。式、明日なんやから、早く寝ろ。寝坊した上にクマできとったら最悪やぞ。」
「大丈夫やって。お話しよ。あ、眠い?」
「や、眠かねーけど」
「・・・なに、考えとったん?
「あ?」
「考え事してるときの顔、しとったから。」
「・・・よく見とるな。」
「だって明仁のお嫁さんやもん。あとトイレに行きたい時と、おなか空いた時の顔もだいたい分かる。」
「子どもか、俺は」
「で、教えてよ、考えとったこと」
「大したことやねーけど?」
「うん、聞きたい。だめ?」
「・・おとんと、おかんのこと」
「お父さんとお母さん?」
「おー、世話んなったな、って。」
「そっかぁ、なんか素敵やね。それ」
「・・別に、普通やと思うけど」
「ううん、素敵。やから、大切にして、そういう気持ち。」
「・・・悪い。」
「ううん、いいの。」
「・・寝るか」
「うん、おやすみなさい。」

 私には、お父さんもお母さんも、もういない。お父さんは私が生まれる半年前に、病気でいなくなった。お母さんは私が中学一年生のときの冬、交通事故で。
 明仁との出会いは、私が一人になった直後、中学二年生の春。その頃の明仁は、髪の毛の色も明るくて、ピアスも開けていて、まわりに怖がられていて、いわゆる、不良、だった。他の不良たちに、親がうざい、早く家を出たい、って話しているのを聞いた。私は普通の生徒だったから、それまで明仁たちとは話したこともなかったけれど、それを聞いてどうしても我慢できなくて、甘えるな、って怒鳴りに行った。明仁も、まわりの人たちも、クラス中がびっくりしていたのを覚えている。その日の放課後、教室を出ようとしたら、明仁に呼び止められた。話がある、って真顔で言われて、殴られるのかな、なんて思った。でも、明仁はすごくやさしい不良だった。

「今日、ごめん。」
「え?」
「俺、おまえの親のこと、知らんくて。」
「・・どうして、その話・・・」
「おまえが怒った理由が気になって、おまえの友達に聞いた。直接聞いても、また怒らせちまうかと思って。」
「・・そう、なんや。私も、ごめんなさい。片瀬君の家のこととか、知らんのに・・・」
「いや、甘えだよ、俺のは。」
「え、」
「おとんもおかんも優しい。それに理由つけて甘えとるだけ。ほら、なんかさ、反抗期っつーか、あんじゃん。親の言うこと聞くのなんかだせぇ、みたいなの。」
「・・んー、私には分からん、かも。」
「あ、ごめん・・・」
「あっ、違うんよ、気にせんで」
「いや、するやろ」
「・・・」
「・・・」
「・・じ、純粋に、勿体無いなって、思った。せっかく、お父さんもお母さんもおるのに。」
「・・・」
「でも、きっと、私には分からん何かが、そこにはあるんやろうね。」
「・・なぁ、」
「ごめん、なんか偉そうに」
「や、俺もっとおまえのこと知りたいわ」
「・・え?」
「松岡のこと、知りたい。今は誰かと住んどるん?」
「え?あ、う、うん。おばあちゃんと、住んどる」
「今度、行ってもいい?おまえのばあちゃん、会ってみたい。」
「え、あ、えと、いい、けど」
「よし、決まり。」

 明仁は、すごく大人だった。校則を破って髪を染めたり、ピアスを開けたり、やっていることは子どもの反抗だったけど、それをちゃんと客観視しているもう一人の明仁が居て、なんだか不思議な人だと思った。親がいることがどうしようもなく鬱陶しいなんて、私には羨ましい感覚。傷つかなかったと言えば嘘になるけど、明仁は私が怒った理由を気にしてくれた。ちゃんと、ごめん、と言ってくれた。
 数日後。
 明日行くからな、と明仁は突然言うだけ言って、私の返事も聞かずに友達のところへ行ってしまった。でも、おばあちゃんがにこにこして、都の新しいお友達とお喋りしてみたいねぇ、と言うから、私もなんだか楽しみになってきた。あの風貌に、おばあちゃんがびっくりしないといいけど。
 その翌日、学校へ行くと、ちょっとした騒ぎになっていた。その渦中の人は、私を見つけると物凄い勢いで走ってきて、これだったらおまえのばあちゃん、びっくりせんかな、と私に尋ねた。その変わり様に、一瞬誰だか分からなかった。明仁はおばあちゃんのために、髪を黒くして、ピアスを外して、制服のボタンをとめてくれた。昨日の私と、同じことを考えていたんだと分かって、少しこそばゆくなった。
 それからというもの、明仁はよく私の家に来て、おばあちゃんの話し相手になっていた。おばあちゃんもすごく嬉しそうで、都は素敵な彼氏を見つけたんやねぇ、なんて言うから、明仁も私も、耳まで真っ赤になった。