三神くんがその楽器を構えて、調弦する。
ペグを回す仕草さえもかっこいい。特に、E線のアジャスターを回す腕の曲がり具合と指の動きにぐっとくる。
マニアックですみません。
調弦の音でさえも、指ならしの音でさえも、美しい。
「リクエスト、決まった?」
涼しい顔で、こちらを見る、三神くん。
「……シェヘラザードのソロが聴きたい」
「優しいなぁ。もっと難曲ふっかけてくるかと思った」
笑いながら楽器を構える。
わ。暗譜でいくんだ。
弓を上げると、あたりの空気が緊張感に満ちた。
すっ、と、ブレスの音がして、
音が、小さな木の箱から溢れ出した。
ーーーうわっ‼︎
至近距離から放たれるド迫力に、全身の毛穴が逆立った。
ホールでは音がまろやかだったけれど、この生音は直接肌に突き刺さってくる。
ヴァイオリンは近くで聴くと、けっこう雑音がする。
弓が弦に触れる音。
指が指板を叩く音。
そして息遣い。
でも、それらの音全部が音楽と一緒に、私の心を絡め取る。
途方もない努力の結晶。
ああ。
やっぱりすごい。
好きな人が奏でる音楽を独り占めできている贅沢。
今まで生きてきた中で一番至福の時間だと思った。
身体の芯まで音が響いてきて、やっぱり涙が出てきてしまう。
