恋色シンフォニー


2人で後片付けを済ませると、三神くんが
「じゃ、行こうか」
と言いながら、保湿ティッシュのボックスを渡してくれた。
「泣いても、こすっちゃだめだよ。まぶたが腫れちゃうから」
「……泣かせる自信あるんだ」
「もちろん。では、どうぞ」

練習室は、窓がない、12畳くらいの部屋だった。

壁際には、
アップライトピアノ。
楽譜がギッシリ詰め込まれた本棚。
CDがこれまたギッシリ並べられたキャビネットとオーディオセット。
大きな姿見。

折り畳み椅子を出してくれたので、それに座る。

三神くんは腕を軽くストレッチしてから、シルバーのヴァイオリンケースを開けた。

弓を張り、松ヤニを塗る。
ヴァイオリンに肩当てをつける。
そんな一連の動作は流れるようで、年月の重なりを感じた。

間近で見る三神くんの楽器は、細かい傷が多く、古い。アーモンド色のニスが渋く光っていて、フォルムも、木目模様も、f字孔も、渦巻きも、ペグも、すべてが美しいことから、たぶん、かなりお高いと思われる。

「楽器、何年製?」
さすがに、いくら?なんて聞けない。

「1850年、イタリア製」

オールド・モダン・イタリアン⁉︎
オールドほどじゃないとしても、それでもめちゃくちゃ高い。
高級車買える。

「母親がさ、僕が高校一年の時に、父親の遺産で買ってくれた。お金には使いどきがある、って。たぶん、その時には、自分がもう長くないって分かってたんだと思う」

絶句した。
胸が痛い。

「先生の伝手の掘り出し物だから、想像ほど高くないよ。ちなみに、弓は龍之介のお下がり」