私は顔を見られたくなくて、手で顔を覆って下を向いた。
だって、第1楽章から泣きっぱなしだったんだもん、絶対ひどい顔になってる!
くそー、自分の家でひとりで見たかった。
「あの、橘さん……どうしたの?」
どうしたもこうしたも。
あなたの演奏聴いて泣いてますけど、何か?
「大丈夫?」
しばらくダメだわ。
顔を覆ったまま、首を横に振る。
キシ……とソファーがきしむ音がして、私の隣に三神くんが座る。
そして、
私の頭が優しく撫でられた。
繰り返し。ゆっくり。
あったかい、大きな手。
あの演奏をした手だ。
今、私が独り占めしている。
幸せで、時間が止まればいいのに、と思う。
「下手っぴでびっくりした?」
からかうような声。
「嫌味?」
私は顔を覆ったまま、応じる。
三神くんの手はまだ私の頭にある。
「ごめん。そんなに泣いていただけるとは、チャイコはやっぱ偉大ってことだね」
「……チャイコも偉大だけど、三神くんがすごすぎる」
「ありがとう。あの頃は、今の会社に内定もらってたし、卒論は終わってたしで、時間がたっぷりあったからね。
それにしても、橘さんって、音楽聴いてよく泣くタイプ?」
「鳥肌はよくたつけど、泣いたのは、……三神くんのシェヘラザードと、チャイコだけ……」
