胸が痛んだ。
音楽を本格的にやるには、お金がかかることは事実だ。
楽器代はもちろん、楽器のメンテナンス代、レッスン代、楽譜代、コンクール参加費、その他もろもろ……。
「まあ、今は経済基盤がしっかりした上で音楽できてるし、青春してるみたいだから、オレとしては、ようやく納得できるようになったけど」
設楽さんはため息をついた後、少し笑った。
「これ、絶対あいつには秘密ね?」
「設楽さん、三神くんのこと可愛いんですね」
「まー、初めての弟子だからねぇ」
ニコニコしながら言う。
「綾乃ちゃんにいいもの聴かせてあげる。車の中なのが残念だけど」
設楽さんはカーステレオのボタンを押した。
ヴァイオリンの独奏が流れ出す。
パガニーニのカプリース第24番!
次々と超絶技巧が繰り出される難曲として知られている。
うわ、色っぽい。
……妖しい音色とフレージング。夜の男女の色っぽい情景が浮かぶ。
パガニーニは酒とギャンブルと女性に溺れたというけど、そんな退廃的な雰囲気を感じる、大人な演奏だ。
中盤、3本の弦を弾いて三重音にするトリプルアタックを、難なく弾きこなす。
続く左手ピチカートがクリアに聞こえてびっくりする。
とても人間技とは思えない。
パガニーニは、当時、悪魔に魂を売って超絶技巧を手にしたと信じられていたというけど、わかる気がする。
