恋色シンフォニー


「座ろう」
三神くんに言われ、茫然としたまま座り込む。
身体が、鉛のように重い。

三神くんが、横からそっと抱き締めてくれた。
身体がすっぽり、三神くんに包まれる。
さっきの緊張感とは対照的な、暖かく、安心できる場所。

「深呼吸して、力抜いて」

私は目を閉じ、深呼吸して、三神くんにもたれかかった。

「ごめん」
三神くんの声が、頭の上から降ってくる。
本当に、申し訳なさそうな声だった。

「よく頑張ったね」
頭を優しく撫でられる。

「……なんで……」

「加地さんから、きいた。綾乃の大学時代のこと。
すごく練習熱心だったって。
3年の春、全曲トップサイドで弾いたんだね。リストのピアノ協奏曲の、ヴァイオリンソリ。見事だったよ?」

ヴァイオリン“ソロ”はコンマスが1人で弾く。
“ソリ”は、コンマスと、その隣の人(トップサイド)2人で弾く。

私は、何故か、その大役を仰せつかってしまった。

経験者で、もっと上手い人、いたのに。

全体練習で音を外した時の恥ずかしさ、本番の吐きそうな緊張は、今でも覚えている。

本番以降、この曲を聴いたことはない。
別に本番で失敗したわけではない。
嫌いとかでもない。

“聴けない”。

苦しくて。
耐えられない。