「彼女、指揮者。あんなお嬢様に見えて、指揮台に立つと、人が変わるぞ。こっちが手抜くと、すげーこえーの。ま、それだけアマチュアにも本気で振ってくれてるってことだけどな。やっててすげー面白い。
よかったら、定演聴きに来てよ。メンコンとグレート。ここのコンマスがソリストやるんだけど、ありゃセミプロだな。すげーわ」
……知ってます。
「あの、加地さん、きいてもいいですか?」
「おう」
「聴けない曲ってありますか?」
「……そりゃあるさ、いろいろと。
失敗した曲とか、弾ききれなかった後悔が残ってる曲とか、別れた彼女が好きだった曲とか。
音楽やる側にいたことがあるなら、曲にのめり込むほど思い入れも強くなるから、仕方ないんじゃないか?
何、橘は今それで悩んでんの?
まーあれだけ熱中した証だと思いなよ。ほんと頑張ってたもんな」
……ここにも、努力を認めてくれて、ほめてくれる人がいる。
ありがたくて、うれしい。
何これ、この間から。
ふふっと笑いながら、涙が出そうになる。
その時だった。
いきなり、腕を掴まれた。
「っ‼︎」
