恋色シンフォニー

しばらくして、お水のペットボトルを持って、設楽さんが戻ってきた。
口の中がカラカラだったので、ありがたい。

「ありがとうございます。客席に入るところだったんですよね? どうぞ3楽章から入ってください」

「そんなわけにはいかないでしょ」

「でも……」

「いいから、お水飲みなさい」

設楽さんは、黙って隣に座っている。
私は大人しく従う。

あ。いけない。

「さっきの演奏、素晴らしかったです」

「ありがと。……綾乃ちゃん、何か持病でもあるの?」

「いえ。健康です。今日は、ちょっと……」

音楽家の前で、音楽聴いて気分悪くなりました、なんて言えない。

そう思って、

……ぞっとした。

どうしよう。

音楽家の彼女が、音楽聴いて気分悪くなるなんて……。

この先、もし、三神くんが、私が“聴けない”曲を弾いたら……?

どうしよう。
どうしよう。