「ここ。」
「え、ここ?」
後髪引かれる思いで奏についてきた私。
立ち止まった奏の声に、その建物を見ると、コンクリート造りの四角い建物。
全体的にグレーでシックに決めてある。
パッと見、民家に見える。
というか、ちょっとお金持ちの方のお家かな…て感じ。
看板も、小さな透明なガラスで、一瞬表札と間違ってしまいそう。
総称して一言で言うと、オシャレなお金持ちの家。
「なんか意外。」
「そうか?
まぁ確かに、初めての人には分かりづらいのかもな。
ほら、入るぞ。」
そう言って、木で作られてるであろう引き戸を開けて私の手を引いていく奏。
う、とうとう足を踏み入れてしまった。
もうこうなったら仕方ない。
開きなおろう。
そう決めて、横を見てみると、壁に飾られた写真。
廊下のこの狭い空間の左右に、おれんじ色の照明に照らされ飾られてる。
どこかのギャラリーみたい。
あ、これ、
「ねぇ、ちょっと奏!
これ、昔のげんさん?…と誰?」
「ヨーロッパにいた頃のげんさんと親父。」
「え!これ奏のお父さん?!」
わわわっ!
確かに、言われてみれば奏に似てるかも。
イケメン。
だけど、奏とは雰囲気が違うな。
なんだか親しみやすそうな笑顔。
「奏とは大違いだね。」
「ああ?
親父と一緒にされてたまるかよ。」
「やっぱり。」
こっちの写真は、げんさんと…誰だろう。
「その写真は、俺と、俺の師匠だよ。
イタリアンの巨匠。」
「あ、げんさん。
先程は失礼致しました。
無礼をお許しください。」
びっくりしたぁ〜。
だってげんさん、コック姿なんだもん。
別人みたい。
「あははは、やめてくれ。
そんな畏まらないでくれ。
純怜ちゃんはさっきの純怜ちゃんでいて。
そっちの方が可愛いから。」
「げんさん、純怜にセクハラするな。」
「お前、可愛いって言ったくらいで、セクハラになってたまるかよ。
なぁ、純怜ちゃん。」
あはははは…何とも言えない。
「あら、誰が可愛いですって…?
また浮気ですか、元先生…?」
「ひぃ。
いや、これはだな、いろいろとあってだな、その、」
「はいはい、もう分かりましたから、お料理の準備をされて下さい?
愛しの旦那様?ちゅっ。」
「…」
「相変わらずだな…。」
うわお。
目の前でキス、見せられたよ。
あははは、あのげんさんがこんなに素敵な方と…?ないない。
「妻のエミリアです。
いつも主人がお世話になっております。
これからもどうぞ、よろしくしてあげて下さいね。
それでは、お席にご案内いたします。」
…あった。
日本語お上手。
「エミリアさんって、どこでげんさんと知り合いになられたんですか?
出身はどこですか?」
「おい、純怜、お前聞きすぎだから。」
「あっ。つい。
すみません。」
「いいのよ。
本当に、あの人が言ってたみたいに、可愛い子達ね。
私、イタリアのフィレンツェってとこの出身なのよ。
カフェで見かけたあの人に、私が一目惚れしちゃったの。
まぁ、後悔しちゃってるけど。」
最後の、完璧嘘ですね。
そんな幸せそうな顔されて、そんなこと言われても、信じる人0ですよ、きっと。
「げんさんも、あなたに一目惚れされてよかったです。
でなければ今頃まだ独身でしょうから。」
えぇ、奏、ハッキリ言いすぎなんじゃ…?
「そうね、容姿はよくても、中身があれじゃねぇ。
まぁ、だから捨てられないのかしら。」
わぁお。
エミリアさん、言っちゃったよ。
「ささ、座ってくださいな。
お料理、持ってくるわね。」
「はい、ありがとうございます。」

