昔、何気ない道すがら見つけた猫が、
威嚇をして背を高くあげていたのを見てから、
なんとなく猫は怖いものだとばかり思っていたけど、
この仔はどこか、優しそう。
「ハルっていうんだ。
あんまり人懐こくはないんだが、
あなたにはどうも懐いているらしい」
なんで・・・。
初めて会ったのに、
どうしてそんなことがわかるのよ。
そう言おうとして俯いた。
「大丈夫。わかってるさ。
私は目があまり良くないんでね。
なるべく大きな字で書いてくれると
助かるんだがね」
おじいさんの言葉に、
はっとして顔をあげた。
驚いた私を見て、
おじいさんはにっこりと微笑む。
暗がりの中、
外灯に照らされたおじいさんの顔が、
この猫と同じように穏やかに見えた。
ペンを走らせて、ノートをおじいさんへと手渡すと、
少し丸みのある手でそれを受け取った。
【どうして私が話せないこと、知ってるんですか?】
「あんたがもっと、その頭をピカピカに光らせてた頃から
あんたのことを知っていたよ。
ここいらじゃあ、真昼間にふらふらっと歩く
女の子は珍しかったからね」
大きく笑うおじいさんの声が、
しんと静まり返る道によく響いた。
人に見られてたなんて思ってもいなかった。
私にとっては初対面の人だけれど、
この人にとってはそうではないの・・・?
「あんたぁ、いつもここに来てそうして座って歌ってたなぁ。
それがここ最近じゃ黙り込んで、しょぼくれた顔してるね。
ひょっとすると
声が出なくなったんじゃないかって思ってたんだよ」
おじいさんは私をまっすぐ見つめて言った。
それからノートを私に返すと、ゆっくりと私の隣に座った。


