今はどこにいても、
誰といても、
八つ当たりしてしまいそうで。
1人になりたかった。
いつものお気に入りのあの場所で、
気持ちを落ち着かせたかった。
家からさほど離れていない古船橋の下り坂に
ぽつんとあるその階段の下から15段目に腰をおろす。
冬に恋焦がれる秋潤の風は突き刺さるように冷たい。
空を見上げるとつうっと涙が頬を伝った。
泣いちゃだめ。堪えるんだよ。
そう言い聞かせても止まらない。
自然と力が入り、爪がたってしまう。
いけないことだと知りながら衝動に駆られてしまう
自分自身への恐怖をなんとか抑えこみながら、
私はぎゅっと目を閉じ、膝を抱えて俯いた。
「今日は、月が見えないね」
そんな声に、ふいに顔をあげて声の主を見る。
階段を降りきった先に立っていたのは一人のおじいさん。
腕には大事そうにしっかりと猫が抱きかかえられていた。
誰?
おじいさんは、ゆっくりと私に近づいてきた。
警戒しながらじっと見つめるあたしに、おじいさんが笑いかけた。
「怪しいものじゃないよって言ったほうが怪しいかね。
すぐそこに住んでるただの爺さんだよ。夜はこいつの散歩でね」
おじいさんの腕の中にいる猫をちらっと見る。
猫に詳しくはないからよくわからないけど、
茶色い毛並みがとても綺麗で、
穏やかな表情でじっとあたしを見つめていた。


