カフェ・ブレイク

「そういや、今日、結納だったんだって。なっちゃん。……あ、うちの常連の女の子な。」
一応玲子にそう説明した。

「結納って、今時(いまどき)?珍しいわね。いいなあー!いいなあー!いいなあー!」
玲子のアピールを黙殺して、小門は俺に聞いた。

「なに?それでお前、飲みたくなったの?いまさら後悔して?」
後悔?

「後悔なんか何もないよ。でも、足掛け8年来てくれてた子だから、淋しい。それだけだよ。」
俺は自分に言い聞かせるようにそう言った。

確かにショックだったけど、それは突然だったからだと思う。
まだ大学を卒業してもいないのに、結納って!
「なっちゃん、自立したいって、がんばっていっぱい資格取ってたのに。」
ため息をついてそう言うと、玲子が目を細めて少し笑った。

「……ふぅん?まあでも、予定通りにいかないもんじゃないの?人生なんて。ねえ?」
玲子にそう振られて、小門は苦笑いした。

「思い通りにも、予定通りにもならないことばかりだな。仕事も人生も。でも、自分で決めたのなら、そこでがんばるだろ。外野は、幸せになれるように祈るのみだよ。」
実に小門らしい言葉だった。

「どんな子なの?なっちゃん。写真ないの?」
玲子にそう聞かれて、小門と顔を見合わせた。

「綺麗な子だよ。な?」
「ああ。美人だ。玲子より。」
俺達の共通認識を鼻で笑ってから、玲子は重ねて聞いた。

「じゃあ、『アノヒト』とどっちが美人?」
「おい!」
……「アノヒト」が真澄さんを指すことに気づいて、つい声を荒げてしまった。

でも小門は、苦笑いして俺の肩をポンと叩いた。
「さあ、どっちかな。タイプが違うから。なっちゃん、昔はかわいらしかったけど、大人になってアンニュイというかクールな美人さんに落ち着いたよな?……古城が冷たくするから。」

さらっとそう言う小門の言葉に、玲子は頬杖をついてうなずいた。
「ふぅん。社長になって、標準語みたいな話し方になった成之みたい。無理してるのね~。かわいそ。」
小門は無言で、杯を煽った。


「……なっちゃんがああなったのって、やっぱり俺のせい?」
酔いつぶれて玲子が突っ伏したのを待って、俺は小門にそう聞いた。
「自覚ない?」
小門の口ぶりは俺をからかっていた。

「いや、でも。据え膳喰ってから捨てるよりマシだろ?」
本気でそう思うのだが、小門は首をかしげた。
「どうかな?あれだけ一途に想ってた子だからな~……相手にされなかったこと、心の傷になってるっぽく見えるけど。」

……じゃあ、何か?
俺は、我慢せずに、なっちゃんを抱いてしまったほうがよかったのか?
頭を抱えた俺に、小門は静かに言った。

「まあ、今さらだけどな。……結婚するんだろ?幸せになるといいな。なっちゃん。」
「……そうだな。」

何だろう、この喪失感……いや、敗北感?
俺は、黙って杯を重ねた。

いくら飲んでも酔えない気がした。
胃に冷たいものが広がってる。

冷たく重い……後味の悪いものが……。