変な話。

「なっちゃん、自立するために資格いっぱい取ってたのに?」
不思議そうにそう聞くと、なっちゃんは肩肘をついて頬をのっけた。

「……結局、親の言いなりにしか生きられない……情けない……」
まあ、家族関係には口出しできないので、別の角度から聞いてみる。
「でも、ずっと付き合ってた人なんだろ?」

なっちゃんは無表情で言った。
「そうね。」

……何だろうな、この感じ。

俺に、話したくないのかな。

「ま、結婚してからでも資格は役に立つかもしれないし、無駄じゃないだろ。……もう遅い。帰ろうか。」
話す気がない相手と飲んでてもおもしろくない。
俺はなっちゃんの前から、コーヒーカップやグラスを片付け始める。

「……ごちそうさま。帰ります。」
なっちゃんはそう言って立ち上がり、千円札を置いた。

「いいよ。」
俺と一緒に帰るのも嫌なのか。
少し鼻白んで、お金を突き返した。

「……そうですか。ありがとうございます。おやすみなさい。」
なっちゃんは、抑揚のない声でそう言って、さっさと帰ってしまった。

……何なんだ?あれは。
意味わからん。

なっちゃんが俺に何を求めてるのか、俺にどうしてほしいのか、……単に自分の幸せを俺に見せつけたいだけなら、まだ微笑ましいのだが。

……めんどくさいな。
俺は考えるのを放棄して、グラスやカップを洗って店を片付けた。

まっすぐ帰宅する気にもならず、かと言って、1人で飲みに行く気にもならず……

「もしもし?小門?……忙しい?」
まだ仕事中かもしれない小門に電話をかけた。

『いや。家。……古城だよ。』
すぐ近くにいるのであろう玲子(れいこ)に、電話の相手が俺だと説明しているようだ。

少しの間を経て、玲子が電話に出た。
『章(あきら)?久しぶり。……元気?』
久しぶりに、本当に久しぶりに聞く玲子の穏やかな声だった。

「ああ、久しぶり。俺はあいかわらず。お前は?小門を困らせてないか?」
『さあ?どうかしら。本人に聞いてみたら?……今から来ない?』

え?

「珍しいな。玲子が誘ってくれるなんて。」
てゆーか、たぶん、はじめてのことだ。

『……そうね。昔は邪魔されたくなかったから。』
玲子の言葉に、ちょっと笑った。

「邪魔?俺が?……お前、ほんっとに独占欲、強過ぎや。」
……なのに、結局は、小門を独占しきれないんだもんな……皮肉なもんだ。
俺の想いは言葉にしなくても玲子にしっかり伝わっていた。

『今も、ね。だから、けっこう、きつい。』
そう言ったあと、玲子は少し明るい声を作って続けた。
『ね、遊びにいらっしゃいよ。飲みましょ?』

子供の頃のように素直な玲子に、俺は面くらいながらも同意した。


玲子と俺は、幼稚園に入る前からお互いの家を行き来して一緒に遊んでいた幼なじみだが、思春期には挨拶すらしないほどによそよそしくなった。

お互いに恋愛感情を抱かず、クラスやクラブ活動も違えば……まあ、話す必要も理由もなかった。
自然なことだろう。