カフェ・ブレイク

中沢さんがコーヒーを味わっている時間だけ、少し店内が静かになった。
……すぐまた賑やかになるんだけど。
不思議なヒトだなあ。

「ね~、やっぱり、夏子さん、呼んでもらおうよ。」
中沢さんは郡さんに、おねだりのように言い出した。
「いいじゃん。もう……えーと、7年?8年?とっくに時効じゃない?」

「……お好きにどうぞ。別に罪を犯したわけではありませんから。」
観念したらしく、憮然と郡くんがそう言った。

テーブル席の学生くんのうちの1人が席を立った。
片方だけが、もう帰るらしい。

「すみません、うるさかったんじゃないですか?」
さっきアルバムを見てた彼がレジに向かったので、そう謝った。

「いえ。急ぎの用事ができたので。ごちそうさまでした。……連れの分も払っときます。」

お連れ様のハーフくんが声をかけた。
「あ、僕、タレーランもいただいてから帰るよ。」

「ほな、それも一緒にお願いします。」
急いでるらしく、早口で彼がそう言うと、ハーフくんがニッコリ笑って言った。
「Merci.」 
さすが、フランス語もさまになってるなあ。

メルシーの言葉を受けて、彼は黙って手を上げて、ドアに手をかけた。

ハーフくんが、思い出したように声をかけた。
「あ、義人!終わったら、出るとき連絡して。」

……ヨシト。

思わず目の前の彼をしげしげと見てしまった。

ちっ……と、ヨシトくんは舌打ちした。

まさか、このイイオトコが、桜子の遺伝子上の父親のヨシトなのか?
「君は……」

何を言えばいいか、わからない。
今までに、想像したことがなかったわけではない。
いつかこういう日が来るかもしれないと覚悟はしていた。

でもなぜか、なっちゃんがそばにいる状況しか想定していなかった。

まさか俺1人で対峙することになるとは、思いもしなかった。


ヨシトくんはハーフくんに中指を突き立てて見せてから、俺に向き合い、まるで中世の騎士のように優雅なお辞儀をした。
芝居がかってるのにふざけて見えなかった。

「竹原です。」

「じゃあ、要人(かなと)さんの……」
なっちゃんでも、桜子ではなく、竹原オヤジの名前を出したのは、計算ではなかった。
ただ、ヨシトくんがやっぱりオヤジに似てるとぼんやり思っていたので、口をついて出ただけだった。

でも結果的にそれは、なっちゃんの布石と相俟(ま)って、ヨシトくんは誤解を確信へとこじらせたかもしれない。

「……父をご存じなんですね。」

桜子がオヤジの隠し子だと思った?
かわいそうだけど、俺は訂正しなかった。

ただ苦笑して見せた。