程なく、ドアが開いた。
みんなが一斉に入口を見た。

「……なんや?」
一身に視線を浴びて、頼之くんがたじろいでいた。

「いらっしゃいませ。どうぞ。」
ちょっとホッとして、そう声をかけた。
「いや、ね。ちょっと訳ありのお客さまがいらっしゃるらしくて……」

俺はそれ以上言葉を続けられず、言葉を飲み込んだ。
……頼之くんは1人ではなかった。

「ここです。どうぞ。……マスター、お客さま。来年、娘さんがうちの高校、受験するねんて。」
そう言いながら案内してきたのは、見るからにハイクラスの紳士だった。

……何となく見たことがある……気がする。

一旦和やかに戻った空気が再び、水を打ったようにシーンとした。

「要人(かなと)さん……」
なっちゃんが、微妙な声でそうつぶやいた。

かなと……。

おっさんやん!
俺より、オヤジやん!
てか、娘が高校受験て!
なっちゃん、やっぱり不倫やったんか!!!

やばい。
怒りがふつふつとこみ上げてくる。

俺は、営業スマイルをひねり出すのに、めちゃくちゃ苦労した。
「いらっしゃいませ。」
プロ意識をフル稼働して、笑顔で迎える。

かなと、となっちやんが呼んだオヤジは、俺以上に胡散臭いアルカイックスマイルを見せた。
「お邪魔します。」

……ほんとに邪魔だよ。
てか、こいつ、絶対、教職員じゃないし!
もし学校関係者だとしても、理事長クラスしか有り得ない。

「ありがとう。」
と、オヤジは頼之くんに礼を言ってから、なっちゃんを見て目を細めた。
「順調そうですね、夏子さん。それに、幸せそうで安心しました。」

なっちゃんは、困ったような顔をした。
「……来るなら来ると、前もって仰ってください。」

その声に、甘えて拗ねてる響きを感じて、俺は嫉妬で憮然とした。

「あ……思い出した……テレビやったか雑誌か新聞やったかで、見覚えある……」
カウンターに座った頼之くんがつぶやいた。

「誰?」
「大企業のワンマン社長。竹原要人氏。バブル崩壊をものともせず、買収と吸収合併で、起業わずか10年で西日本有数の会社にした……」
……そんなのとどこで知り合うんだよ。

頼之くんが小声で業績を語るのを横目に、水とおしぼりを準備する。

なっちゃんと向かい合って座ったオヤジに近づいてくと、彼は俺を見てすっくと立ち上がった。
そして、深々と頭を下げやがった!

「夏子さんからお話は伺ってます。はじめまして。竹原と申します。この度は、私どもがいたらず、ご心配とご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。夏子さんを快くお預かりいただき、ありがとうございます。」

一気にそう言ってから、オヤジは懐から名刺を取り出して、俺に手渡した。

眩暈がするほど超有名大企業の代表取締役の肩書きと、竹原要人という名前がシンプルに記されていた。