「そうか。彼女、いるのか。受験生なのに……。」
感慨深そうに小門はつぶやいた。

「まあ……頼之くん、お前に似てめちゃめちゃ頭いいから、普通に付き合う分には問題ないと思うけど……」

けど……普通じゃなかったら?
彼女が出産する気なのは間違いないだろう。

頼之くん、受験までにパパになっちゃうのか……さすがにそれは、負担も大きいんじゃないだろうか。
心配だ……。

いや、それどころじゃなかった!
なっちゃんだよ、なっちゃん!
なっちゃんも、妊婦って?

何だよ!もう!
こんな狭い世界で、素直に祝えない「おめでた」ラッシュって!

悶々としてる俺に呆れたのか、小門が席を立った。
「たぶん数日中になっちゃんが来ると思うけど、絶対に傷つけないでくれよ。虐めるな。……頼んだよ、マスター。」
500円玉を置いて、小門は店を出て行った。

俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。
……店、閉めて帰りたい気分だ。

まあ、結果的には閉めないでよかったよ、うん。

夕方、ふらりと頼之くんが来てくれた。
「やあ、いらっしゃい。インターハイ、お疲れ様。記事、見たよ。」
小門の指定席の横のスクラップブックを指さしながら、そう言った。

「こんにちは、マスター。……昨日、父が観に来てくれとったんやけど……あれ、マスターが言うてくれたんやろ?……ありがとうございました。」
恥ずかしそうに、それでも、礼儀正しく、頼之くんは俺に頭を下げた。

「うん?そうだっけ?……あ、そうだそうだ。あの時、ちょうど、小門と……妊婦のあおいちゃん?の2人だけだったから、2人ともに聞こえるようにアピールしたんだけど、彼女も行った?……てか、余計なことじゃなかった?出しゃばってごめんね。」
頼之くんに水とおしぼりを出しながらそう言った。

「あおいも……そうやったんか。マスター、ありがとう!まあ、身体、心配やし無理はさせたくなかってんけど、やっぱり、来てくれて、うれしかったから、感謝しとくわ。」
はにかみながら頼之くんはそう言って、水を一気に飲み干した。

2杯めを注ぎながら、躊躇いがちに聞いてみた。
「妊婦のあおいちゃんは、確か去年まで中学生だったけど……できちゃった婚するの?」

頼之くんは、ジッと俺を見た。
強い意志の宿ったその目に、俺は正直なところ、たじろいだ。
「したいです。いや、します。あおいは嫌がるやろけど、絶対にします!」

「嫌がるって……でも、彼女、産む気満々だったけど。好き好んでシングルマザーなんか選択しないだろ。」

そう言ってから、引っかかりを感じた。