カフェ・ブレイク

慌ただしく交わった後、義人くんは本当に浴衣も帯も綺麗に着付けてくれた。
……誰に教わって覚えたのかを想像するとジェラシーを感じなくはないけど、悦びと愛しさが遙かに勝った。

「あとで、行っていい?」
「うん……」
どうしてもボーッとしてしまう。

「目がとろんとしてる。大丈夫?送って行こうか?最上階の応接室?」
「……うん。知ってたの?」

義人くんはちょっと顔を曇らせた。
「今日応接室を使いたいって前から言うてたのに、秘書の原さんが断ってきたから。」

え!?
「そうだったの?……ごめんなさい。要人(かなと)さん、何も仰らないから……知らなかったわ……」

そういや、運転手の井上さんが、ダブルブッキングって言葉を使ってたことを思い出した。
「そりゃ夏子さんには言わんやろ。エエカッコしたいんやから。」

吐き捨てるように義人くんはそう言った。
驚いて足が止まる。

慌てて義人くんが私の背中に手を回した。
「ごめん。夏子さんを責めてないから。そんな顔せんといて。」

「……うん。ごめんなさい。」
もう一度そう言ってから、無理矢理笑顔を作った。


応接室の前で義人くんが鼻をヒクヒクさせた。
「……めっちゃエエ匂いするねんけど……何?」

「あ、近江牛。……すごくたくさん準備してくださってるから、分けてもらう?屋上も、バーベキューなんでしょ?」
義人くんがコンビニでおにぎりやお菓子を買ってきてるのに、こっちは食べ放題状態の近江牛懐石……ちょっと申し訳なくなったのでそう聞いてみた。

「ん~。喰いたいけど、こっちの肉を買って来てくれた子に悪いから、遠慮しとくわ。……じゃあ、あとで。」
そう言って、義人くんは私の頬にキスしてから、身を翻した。
頬を押さえてその背中を見送った。

不意に、義人くんのすぐ前方にあったトイレのドアが開いた。
れいちゃんが出てきて、
「わ!」
と小さな声をあげた。

義人くんは特に何も言わず、れいちゃんに会釈だけしてそのまま行ってしまった。
私だけじゃなく、れいちゃんも、廊下に立ち尽くして義人くんの背中を見送った。


「……先生。あの人、知り合いですか?」
ふらふらと戻ってきたれいちゃんの頬が紅潮していた。
「うん?うん。さっきご挨拶したこの会社の社長の息子さん。今、勤務してる学校の生徒よ。」
「高校生?」
「高校1年生。」
「……ふぅん……2つ年下、かあ。」
れいちゃんの目がキラキラ輝いている。

獲物を見つけたかのようなその目に、私の鼓動が早くなる。
……れいちゃん、義人くんに一目惚れ?
大丈夫かしら。
何だか、複雑な気分。

いや、れいちゃんはいい子だし、綺麗だし、ジェンヌだし……お似合いかもしれない……少なくとも私よりはよっぽど義人くんと釣り合いが取れてる。
でも、れいちゃん……やっと初舞台が終わった研1よ?
今は恋愛よりお稽古をがんばって欲しいんだけど……。

見るからに浮わつき始めたれいちゃんに、私は一抹の不安を覚えた。