たぶん、なっちゃんなりの告白の言葉なのだろう。
でも俺は、敢えてスルーした。

「……英文の試験問題にでも出ましたか?」

Coffee has two virtues; it is wet and warm.

元はオランダのことわざだが、日本では受験英語でよく使われている言葉だ。

「もうっ!」
なっちゃんが、ぷくっと頬をふくらませた。
大人びた表情を作ったかと思うと、子供っぽい反応を見せる。
……かわいい、と素直に思った。

「ちょっと待ってくださいね。」
そう言ってから、少し考えながら豆を選ぶ。

ゴリゴリと挽きながら、湧いているお湯を、棚の奥から出した南部鉄器の鉄瓶に入れた。
「……鉄瓶?」
不思議そうにそう聞くなっちゃんに、ニッコリと笑顔を向ける。

いつものネル袋じゃなく、備前焼のドリッパーとネルフィルターに丁寧に粗挽きした豆をたっぷり。
心持ちゆっくりと鉄瓶でお湯を注いだ。
温めておいた志野焼のカップにコーヒーを注いで、なっちゃんの前へ。

「wet and warm.心を込めて。どうぞ。」
なっちゃんは興味津々で俺の一挙一動を見ていたが、コクッとうなずいてから、カップを手に取った。
鼻を近づけて首をかしげたなっちゃんに、さらに飲むように促した。
そっと口を付けてコーヒーカップを傾けるなっちゃんの白い喉が上下するのを見つめる。

……あと数ヶ月で、ダサい紺の制服ともおさらば、か。
もとが芦屋育ちのお嬢さまだけあって、私服は明るい華やかな色合いの品のいい洋服が多いなっちゃん。
女子大生になれば、化粧も覚えて、より美しく花開くんだろうな。
誰かと恋もするだろう。
そのうち、彼氏をココに連れて来ることもあるんだろうか。

ぼんやりそんなことを考えていると、なっちゃんがコーヒーカップをソーサーに戻した。
「……反則。」

不満そうにそう言ったと思うと、なっちゃんの大きな瞳から涙の玉がこぼれ落ちた。
綺麗だな。

「お口に合いませんでしたか?」
そう聞くと、なっちゃんは、首を横に振った。

「……美味しいです。ちょうど飲み頃の温かさで、今までいただいたどのコーヒーよりもまる~くて。リクエストに忠実過ぎて腹が立ちました。これ、何ですか?」

忠実、ね。