そう言えば、今日は例の……小門(こかど)が仲人を頼まれていた結婚式の日だったな。
結局、真澄さんが断ったという話だったっけ。
……小門は高い鼻をへし折られて、見る影も無く落ち込んでいた。
さすがに真澄さんが、いつまでも小門を想って待っているというのは、男のムシのいい幻想だったようだ。

ああ、そうか。
真澄さんが今日お店に来てくれたのは、小門が結婚式に出席していてココで鉢合わせすることがないからじゃないだろうか。

あいつを忘れて、新しい恋をする気はないのだろうか……。

「おいしい!」
頼之くんのうれしそうな声に顔を上げる。
ニカーッと、満面の笑みの頼之くんに、俺の頬も自然に緩んだ。

「え!?もう全部飲んじゃったの?」
真澄さんが驚いてそう言うと、頼之くんはうなずいた。

「おいしいもん!」
……どうしよう……めちゃめちゃ、うれしい。
参ったな。

「頼之くんは、どこでコーヒーを覚えたんですか?」
「れんじゅ。」

え?

意味がわからず、真澄さんに通訳を求める。

「五目並べのことですわ。私の父が頼之に教えたのですが、子供なので頭が柔らかいのでしょうね……父が連珠の会に連れて行くようになってから、やたらコーヒーコーヒーと騒ぐようになってしまって。会のかたがたが飲んでらっしゃるのがうらやましいのかしら。」
ため息をつきながら真澄さんが説明してくれた。

「……囲碁とはまた違うんですか?」
碁会所はあちこちにあるけれど、れんじゅ?五目並べ?

「違うよー。」
頼之くんはそう言って、ポケットから折り畳んだ紙を出して見せてくれた。
そこには、碁盤のマス目に白と黒の番号……いや、俺には囲碁とどう違うのか、全くわかんないし。

「これは?定石(じょうせき)みたいなものですか?」
「詰め連珠、ですって。段位認定試験の問題らしいんですけど。」

段位って……。

「頼之くん、そんなに強いんですか?」
まだちっちゃいのに?

真澄さんは困ったようにため息をついた。
「わかりません。幼稚園に入ったら試合に出てほしいとお願いされてるのですが……何だか、子供が大人を手玉に取ってるようで、見てられないんです。すぐに飽きてくれるといいんですけど……」

大人を手玉に取るほど、強いんだ……頼之くん。

そういや、俺、小門にオセロとか将棋とか、全然勝てなかったっけ。
小門に似て、頭いいんだな。
「あのね、ここに黒を置いてね、次がここでね……」
頼之くんは一生懸命説明してくれるのだが、俺にはさっぱり理解できなかった。

いや、正確には、そこに石を置けばいいことは理解できる。
が、そこ以外の場所にどうして石を置いてはいけないのかがわからない。

1つ1つ聞けば、頼之くんは理路整然と教えてくれそうな気がして、ちょっとぞっとした。
まだ幼稚園にも入ってない子だぞ。
……この子、天才なのか?

真澄さんは何度もため息をつきながらも、愛しそうに頼之くんを見ていた。